表立って載せるほどではない小噺と、あとがき。 その他キャラ設定などなど、徒然なるままに書き連ねるページ。 

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「甘味処 大和撫子」あとがき

甘味処 大和撫子

駄目駄目マスターと、惚れた弱みで辞められない女子高生と、脳味噌の代わりに餡子が詰まっている甘党のお話です。
脳味噌の代わりに餡子が詰まっている空気の読めない甘党は、ひとでなしの隆二のお仲間のアレです。そんな甘党が何人もいてたまるか。
英輔のPVっぽいところがあったのは、俺得過ぎたかなーという反省もしつつ。


基本的に、カフェっぽいお話大好きです! という。
海老茶式部の制服の大和撫子という名前の甘味処、は私の創作世界において度々でてくるのですが、基本この店だと思っていただければ。理恵がいるかどうかは別として。
調律師のひとたち、御用達。
妖怪カフェ! みたいな部分があるので、また続き書けたらいいな、と思っています。


二年前(かな?)の12月発売のコバルト短編小説賞で最終残ってたやつがベース。
あのころは、まだマスター人間だった。普通の人間だった。
そのあと、「せっかくだから長く書こうー。調律師のひとたち出入りしている店だし、普通の店じゃない方がいいよねー」でマスターは狼人間になり、
「敵も必要だよねー」でジャン・二宮がでてきて、
「英輔ばっかり喋りっぱなしなんだよなー(当初、店をつくる経緯も英輔が喋っていたので)ライバルっぽいのもだしとくか」で大鎌さんがでてきた、という流れ。
タイトル先行型。なのでタイトル気に入ってます「不死者の死んだ夜」(果たして夜なのか問題)

コバ短の選評で「マスターに好かれているのわかってて色々やっている理恵は好かんわ」みたいなことが書かれてて、「そうだな、その辺空気の読めない甘党につっこませとこう」と思ったのが「理恵ちゃんは強かだよね」の台詞でした。

ということで、追記でそのコバ短投稿バージョン。
**

「不死者が死んだ夜」


神坂英輔の第一印象は、衝撃的以外の何者でもなかった。

 甘味処、大和撫子。高校生になってから私はずっとこのお店でバイトしている。俗に海老茶式部と呼ばれる、女袴と革靴の制服に一目惚れしたのがきっかけ。奥まった通りにあることから、ほぼ常連さんしか来ない、のんびりとしたお店である。
 そこに新たな風を吹かせたのが、神坂英輔だった。
 甘味処、というだけあって大和撫子のメニューは餡蜜などの甘いものが多い。必然、客層は女性が八割。男性客は女連れか、お年寄りが多い。
 彼はそんなところに、単身乗り込んで来た。
 珍しいな、と思った。丁度接客中だった常連さんも、珍しいねと呟いた。二十代前半ぐらいのご新規男性が一人、なんてバイトを初めて二年目。数える程しかない。
 お冷やとメニューを持って彼の元に向かう。
 彼は私を見ると、メニューを見ることなく、いい笑顔で言った。
「九州男児を」
 私は一瞬言われたことが理解できなかった。
「はい?」
 接客業にあるまじき態度で聞き返してしまう。彼は気を悪くした様子は見せずに、
「九州男児を」
 明瞭な発音でもう一度答えた。
 聞き間違いじゃなかった。
 店内にいる人々に、衝撃が走る。
「お、おまちくださいっ」
 私はそれだけいうと、キッチンに向かう。キッチンではマスターが椅子に座って腕組みしていた。寝ている……。
 意外なことにこの店のマスターは三十そこそこの男性だ。この店を始めたのは喫茶店をやりたかったという夢と、可愛い女の子に海老茶式部の格好させたかったんだよねーという夢を両立させるためのものらしい。それを知ったときは本気で辞めようか考えた。一週間のうち六日は、本当こいつは駄目な大人だなぁ! と私に殺意を抱かせる、素晴らしい人格の持ち主である。残りの一日で頼りになるところをちらりと見せることと、私の他のバイトが皆辞めたことから放っておけなくてこの店にいる。
「マスター!」
「んー。理恵ちゃんなにー。全部一人で出来るでしょうー。混んだのー?」
 呼んでもむにゃむにゃと答えるだけ。ええ、ええ。マスターが使えないから一人で店まわせますよ。普段なら。
「起きて! 九州男児が入りました!」
「は?」
 九州男児の言葉はマスターを一瞬で覚醒させる程の威力があった。
「九州男児が?」
「ええ、九州男児が」
 キッチンの空気がキンっと張りつめる。
 マスターはがたり、と音を立てて立ち上がると、戸棚からソレを取り出した。二年目にして初めて見る、その器。顔の三倍ぐらいの大きさはある、大きめの金魚鉢。
 そう、九州男児とは金魚鉢餡蜜のことなのだ。
 その昔、マスターの「なんか目玉メニューとか欲しくね?」というわけのわからない一言によって考案されたという、その餡蜜。数人でわけるの禁止、一人で食べること、お残し絶対禁止、という妙なルールのせいで、実際に提供されたことは過去二度しかないという。寧ろ二人も馬鹿がいたことに私は驚きを隠せない。三千円もするのに。
 マスターは手際良く金魚鉢を埋めていく。まずは寒天を敷き詰め、その上から餡子やら白玉やらフルーツやらを手際よくのせていく。
 ああ、今日のマスターは、一週間に一回の貴重な頼れるマスターだ。思わず手を合わせて拝む私。毎日シフト入っているわけではないので、頼れるマスターを見られるのは貴重なのだ。というか、私が来ない日はマスター一人でうまくやっているのだろうか。じゃあそこで頼れるマスターは消費しているのだろうか。
 などと思っている間にも、金魚鉢は綺麗に埋まった。仕上げに生クリームとアイスクリームがのせられる。
「よし、理恵ちゃん、頼む」
 やりきった顔をしているマスターに頷きかけると、金魚鉢をトレーに乗せようと持ち上げかけて、
「……あ、無理」
 重くて持ち上がらなかった。
 結局マスターに席まで持って行ってもらう。
「おまたせしましたー」
「どうも」
 彼は微笑むと、附属の黒蜜をじゃばじゃばかけた。いや、黒蜜は何も全部かけなくてもいいんですよ! 誰か教えてあげて!
 彼は甘ったるそうな物体Xをうっとりしながら口にした。
「あまっ」
 食べてないはずのマスターが隣で呟いた。
 店内の視線は、彼に注がれている。
 彼は一口食べ、満足そうに頷く。そして、また一口、一口、一口。驚異的なスピードで金魚鉢が空になっていく。
「はやい」
 誰かが感嘆の声を漏らす。
「まあ、早く食べたところで別に賞金とかでないけどね、これ」
 マスターが呟く。
「やればいいんじゃないですか、早食いチャレンジ」
「やだよ」
「まぁ、賞金出すの大変ですもんね」
「あの餡蜜作るの大変なんだよ」
「え、そっち?」
 などと話している間に、金魚鉢は綺麗さっぱり、空になった。
 彼は手をあわせて、ごちそうさまでした、と呟くと伝票を持って立ち上がる。
 私は慌ててレジに行き、
「三千円です」
「はーい」
 そうして彼は財布を開き、千円札を二枚だす。そこで動きが止まる。
 ちらり、と視線を動かすと、どう見てもその中にお札はもうなかった。
「あれ……」
 慌てた様子で小銭を全てトレーにあける。五百円玉はない。あるのは百円玉が少しと、十円玉がもう少し。
「……小銭、六七〇円ですね」
 小さく呟くと、彼はぱたぱたとポケットなんかを漁り、そして、
「……あの、すみません」
 情けない声で呟いた。
「お金、足りないんですね」
 私が確認すると、彼はますます情けない声で、
「すみません」
 と呟いた。

 結局、マスターの判断を仰ぐことになった。
「っていってもまあ、三三〇円だし。無銭飲食するつもりでもなかったんだろうし。九州男児を食べるなんていうレアな光景を見させてもらったし、別になぁ」
 マスターは頼りになるんだからならないんだか、微妙な口調でそう言った。
「いいんじゃね? 駄目かね、理恵ちゃん」
「マスターがいいなら私が口を挟むことじゃありませんけど」
 原価の回収は出来てるわけだし。
「本当すみません」
「しかしまあ、銀行口座も持ってないって、マジで所持金それだけってこと」
「ええ、まあ」
「それで今後の生活どうするつもりだったわけ?」
 なけなしのお金で九州男児を食するとは。なんという人。
「仕事はしてないんですか?」
「いや、まあ」
「じゃあ、ここで働いたらいかがですか?」
「はぁ?」
 私の提案に素っ頓狂な声をあげたのはマスターだ。
「ちょっ、理恵ちゃん何言ってるのっ?」
「確かに一介のバイトが口を挟むのは出過ぎた真似だと思いますけど」
「なんで俺が可愛くもない男雇わなきゃいけないのっ!」
「顔、可愛い系ですよ、この人」
「まあ確かに。ってそうじゃないっ!」
「冗談です」
 でも、と私は真面目な気持ちで告げる。
「私も毎日来られるわけじゃないですし。マスター一人だと、大変じゃないですか?」
 私の表情に何を読み取ったのか。マスターは一瞬言葉に詰まる。
「……いやべつに大変じゃないけどさ」
「年中無休で休みないのに」
「理恵ちゃん居るときは休んでるし」
「それぐらい疲れてるってことじゃないですか」
 沈黙。お互いににらみ合うようにする私たちに、
「いや、あの、俺の意思は?」
「ああ、忘れてました。どうですか?」
「っていうか、その、名前は?」
 ようやく基本情報を確認するに至った間抜けな私たちを、彼は面白そうに見ながら、
「神坂英輔」
 端的に名乗った。
「神坂さん。バイトしません?」
「神坂くん、バイトする気なんてないよね?」
「マスター」
「理恵ちゃん」
 再び睨み合う私たち。神坂英輔は、もう完全に笑いながら、
「懐寂しいから」
「いや、寂しいってレベルじゃないだろ、あんたのそれ」
「雇ってもらうのは吝かではないけど、でも」
 そうして彼は、首を傾げた。
「俺、人間じゃないけど、いいの?」
 そして再びの沈黙。
「はぁ?」
「はい?」
 期せずして、マスターと声がはもった。神坂英輔はにこにこと笑っていた。
 これが私とマスターが神坂英輔と出会った日のこと。衝撃的以外の何者でもなかった。

 自分は戦争の為に作られた生物兵器で、見た目人間だけど常人離れした身体能力と、絶対に死なない体を持っている。以上が、神坂英輔が語った、自身の存在である。
「頭の可哀想な人なのかな」
「そんなマスター、身も蓋もない」
「理恵ちゃん、まともな人が、九州男児食べると思うかい? 金もないのに」
「ああ、まあ、そうですけど」
 メニュー考案した人が何言っているのか。
「やっぱり三三〇円の話は置いといて。寧ろ三千円も置いといて、帰ってもらおう」
「でも、まともそうですよ。それ以外は」
「理恵ちゃんはどうしてそんなに置いときたいのアレを。惚れたの?」
「……バカですか?」
 心の底から呆れた目で見ると、マスターは視線を逸らした。
 私たちがごにょごにょ話している間、当の神坂英輔は常連のおばあさま方と楽しそうに談笑していた。
「でもほら、溶け込んでますよ」
「けどさぁ」
「あの」
 マスターの言葉を、神坂英輔の声が遮った。
「お客様です」
 彼が指差す先には常連のおじさま二人組。
「いらっしゃいませー」
 私は慌てて営業スマイルを浮かべると、お冷やとメニューを持って行く。注文を受けて戻ると、神坂英輔とマスターが二人で何か話していた。
 取り込み中のようなので、自分で珈琲と饅頭を用意し、運ぶ。
「理恵ちゃん、あの子誰?」
 常連さんの言葉に、
「ええっと、色々あるんですけど。新しいバイト候補?」
「へぇ、マスターに負けず劣らず、イケメンだねー」
「珍しいね、マスターが男の子いれるなんて」
「それで渋ってるんですよ、あの人」
「でもまあ、確かに理恵ちゃんと二人じゃ大変だよね。マスター、一人の日多いし」
「……そうですよね」
 やはり、お客様から見てもそうなのだ。マスター一人じゃ大変だ。だから、
「理恵ちゃん」
 マスターに手招きされる。お客様に一礼して向かうと、
「とりあえず一週間。様子見」
「よろしくおねがいします」
 神坂英輔が一度頭をさげる。
「こちらこそ」
 ああ、よかった。これで少しはマスターの負担も減るかもしれない。

 強烈な衝撃を私たちに与えた神坂英輔だが、仕事の腕は悪くなかった。まあ、元々がアットホームなお店だし、メニューの数もそう多くはない。三日目には大体こなせるようになっていた。
 なので、
「ですから、たまにはマスター休んでください」
「いや、そうは言ってもさ」
「大丈夫、私閉店作業も出来ますから」
「それは知ってるけど」
「寧ろいつもマスターいるだけで、ほぼ一人でやってますから」
「……返す言葉が見つからない」
 などと言って、私がシフトに入る夕方にはマスターを家に帰した。半ば強引に。
 こんな狭いキッチンではなく、家でちゃんと寝て欲しい。
「理恵ちゃんは」
「はい?」
「沢村さんの事が好きなの?」
 神坂英輔の言葉を理解するのに時間がかかった。沢村さんって、誰……。
 しばらく悩んで、それがマスターの名字だということを思い出した。
「ちょっ」
 思い出すと同時に、顔が赤くなる。
「違いますっ! 何言ってるんですかっ!」
「そっかそっか」
 私の否定の言葉を聞いていないかのように、神坂英輔は笑う。
「ちょっと神坂さん」
「英輔でいいよー」
「っ! 英輔さんっ。私は別にマスターのことなんて」
 にこにこ顔に言葉が急速に力を失う。
「……別に、マスターなんて」
 ただごにょごにょと呟くだけ。
「だって理恵ちゃん、マスターのこと嫌に心配してるじゃん。こんな怪しい俺を雇ってまで、マスターのこと休ませてあげたかったんでしょう?」
「それはっ! そうですけど……」
 だって、マスターは私が居ない時は一人でこの店を切り盛りしてて。私が学校の時間も、用事がある日も、マスターはずっと一人で。
「……そんなことになってしまったのは、私のせいだから」
 店内には隅に常連のおばさま達がいるだけだ。
「前はもっと、ちゃんと、バイトの子いたんです。その頃はマスターも休めてた。だけど」
 一人、遅刻の多い子がいた。私よりもバイト歴の長くて、少し怖い人だった。ただ、本当に悪びれず遅刻をする人だった。定刻通りに来るのは、マスターが居る時だけだった。誰も彼女を注意しなくて、できなくて。マスターにも言えなくて。
 ある日、珍しく団体のお客様が入り、混んでいる時に彼女は遅刻してきた。私と、早番の子が残って対処したけど、その所為で早番の大学生は講義に遅れたそうだ。
 もう、我慢出来なかった。遅刻魔本人にも怒ったし、マスターにも全てをぶちまけた。
 結果、何故か私はバイトの子達からはぶられるようになった。遅刻魔の子が怖かったのかもしれないし、なあなあでやってきた空気を私が乱したことが気に入らなかったのかもしれない。
 あとはそう、私がマスターに媚びを売っているって。他の人の失敗を告げ口して媚びを売っているって。女同士ってこれだからたまに面倒くさい。
「理恵ちゃんがいると皆の仲がぎすぎすします」
 遅刻魔はこともあろうか、そうマスターに直談判した。
「んー、でもさ、それは理恵ちゃんの方が正しくない?」
 マスターはいつもの調子でそう答えた。
 それが遅刻魔には気に障ったらしい。マスターは理恵ちゃんをえこひいきしている。そう言い放って、遅刻魔は辞めた。遅刻魔と仲が良かった子達もやめて、他の子もなんとなく居辛いと言いながら就職とかの理由をつけてやめていった。元々そんなに多くなかったバイトだが、結局残ったのは私だけだった。
 さすがにこんな事態になるなんて思ってなくって、青ざめた。マスターに今からでも遅くはない、私が辞めるから皆に戻るように言った方がいいと言おうとした時、
「遅刻の話、さっさと俺が気づいてればよかったねー、ごめん」
 マスターはいつものへらっとした口調でそう言った。でもそれは有無を言わせない口調で、私は言おうとしたことが言えなかった。
 庇ってくれたことも、私が正しいと言ってくれたことも、私に責任を押し付けようとしなかったことも、何もかもが嬉しかった。不謹慎かもしれないけれども。
「だけど、マスターに負担がかかってることは事実だから」
「だから、俺をいれたんだ」
 私の言葉に、英輔さんが呟く。
「……利用してごめんなさい」
 一度頭を下げた私に、英輔さんは、
「優しいんだー。好きだから?」
 懲りずにまたそう言って、
「あ、いらっしゃいませー」
 私の訂正の言葉もきかずに、接客に向かってしまった。残された私は、やり場のない感情を持て余し、いつもマスターが座っている椅子を睨んだ。

 結局、英輔さんは一週間経っても大和撫子に居た。つまり、マスターが折れたのだ。英輔さんは正式に大和撫子に雇われることになった。
「一応身分証見せてもらったけど、普通だったよ」
 マスターが私にこそっと教えてくれた。
「ああ、あの不死者だとかって言う?」
 そういえば、そんな発言が飛び出していたことを思い出す。
「そー。面白いと思ったんかね?」
「さぁ? まあ、普通ならいいんじゃないですか」
「まあねー」
 マスターと一緒に仕事をする回数は、当然ながら減った。それを寂しいと思わないわけじゃないけど、マスターが前よりも多少血色が良くなったことが何よりだった。
「んー、ところでさ、十卓の人」
 小声でマスターが尋ねてくる。十卓には珍しく、男性が一人座っていた。
「ああ、あの方、最近よく来ますよね」
「理恵ちゃんがいる時だけね」
「……は?」
 マスターは接客業にあるまじき、睨むような目で十卓を見ていた。
「英輔にも確認した。あの人が来るのは理恵ちゃんがいる時だけ」
「……偶然じゃないんですか?」
「まあ、そうかもしれないけどね」
「それか可愛い看板娘を見に来たか」
「自分で言うな」
 マスターが深刻そうなので、ちょっとおちゃらけて言うと、苦笑いでつっこまれた。
 けれども直ぐに表情をひきしめ、マスターは珍しく苦々しく溜息をつくと、
「まあ、なんでもいいんだけど、気をつけて。十卓は俺が行くから」
 それだけ言うとキッチンの、いつもの定位置に座ってしまう。十卓を見る。まあ、ちょっとネクラそうだけど、普通のお客様だと思うけどな。
 ちりん、っとドアに付けられたベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
 条件反射的に声をかけて、
「あれ」
 入って来た人物に首を傾げる。
「どうも」
「英輔さん。今日、お休みじゃなかったんですかー?」
「んー、沢村さんに呼ばれた」
「マスターに?」
 マスター、この後用でもあるんだろうか。
「あれ、英輔はやい」
 マスターが顔を出す。
「理恵ちゃんがあがる頃で良いって言ったのに」
「暇だったし。沢村さん俺、餡蜜食べたいです」
「金ないくせによく言うよなー」
「休みなのに呼び出したくせによく拒否るよなー」
 英輔さんはさっさと空いている客席に座ってしまう。
「普通サイズのな」
 マスターが呆れて言うと、キッチンに引っ込む。
「ええっ、金魚鉢ー」
「ただ飯喰らおうとしてるやつが五月蝿い」
 ふたりでやいやいやりながらも、マスターは英輔さんのためにちょっと多めの餡蜜を作っている。
「マスター、なんで英輔さん呼んだんですか?」
「んー、理恵ちゃん帰りさ、英輔に送ってもらって」
「は?」
 フルーツの並べた方に気を使うフリをしながらマスターは続ける。
「だから、なんか危ないから」
「危なくなんて別に」
「理恵ちゃん」
 マスターが一度私の名前を呼ぶ。いつもよりも鋭い呼び方。
「心配」
 そしてそれだけいうと、私に餡蜜の器を託した。そう言われると私は何も言えない。
「……はい」
 だって心配されるのは心地よいから。

「じゃあそこでお前が送れよ! って思った?」
 帰り道、一緒に歩きながら英輔さんが言う。
「思いましたよ」
「あれ、今日は否定しない」
「……だってもうバレてるし」
 好きだってこと。答えると英輔さんが楽しそうに笑う。どうせマスターは私のこと、バイトの高校生としか思ってないだろうけど。年の差あるし。
「理恵ちゃん、いいこと教えてあげる」
「なんですかー」
 ちょっとイライラしたまま問うと、英輔さんは笑って、
「沢村さん、最初の時俺にり」
 そこで言葉が不自然に途切れた。
 腕を引かれる。
 気づいたら英輔さんの腕の中。でもロマンチックなものなんかじゃなくて、
「英輔さんっ」
 彼の脇腹から赤いものが流れてる。
「へーき」
 英輔さんは普通の口調で言う。
 振り返った彼の視線の先には、包丁を片手に持った十卓のお客さん。マスターの懸念は、本当だったのか。
「理恵から離れろ」
 低い声。
「やっぱり、ストーカーか」
 英輔さんの舌打ち。
「理恵ちゃんもうちょっと沢村さん以外のことにも興味もった方が良いよ。このストーカー、ばればれだったのに気づかないから」
「英輔さんっ」
 何をのんびり話しているのか。その間にも脇腹から、とくとくと赤いものが……。
「俺は不死者だっていったっしょ?」
 初日の戯言をまた口にする。平気そうな顔をするけど、平気なわけがない。
 英輔さんは私を背後に庇って男と向き合う。包丁がまた彼の肌を裂く。
 どうしよう、警察? どうしたらいいのか、と思っていると、
「理恵っ」
 現れたのはバイクに跨がったマスターだった。
「マスターっ」
「沢村さん、理恵ちゃんよろー」
 英輔さんのどこまでも軽い口調にマスターは頷く。
「ちょっとまってマスター、英輔さんが」
「離れて警察を呼ぶ」
 言いながらマスターは私をバイクに乗せる。そのまま、そこから離れる。
「じゃあねー、理恵ちゃん」
 どこまでも暢気そうな英輔さんの声が耳に残った。

 次の日、私は学校をさぼって朝から大和撫子に居た。マスターはさぼったことについて何も言わなかった。
 英輔さんは結局来なかった。
 昨夜、警察を呼んであの場所に戻った時、そこにいたのは十卓の客改めストーカー男だけだった。上着で腕を縛られ、気絶していた。
 英輔さんの姿は、そこには無かった。ただ、血痕だけが残されていた。無事なら連絡が来るはずだし、無事じゃないなら何かしらの痕跡があっていいはずだ。
 なのに、英輔さんは来ない。
「……あながち嘘じゃなかったのかもな」
「え?」
 マスターが突然呟いて、私は顔をあげる。
「不死者っていう話」
「……ああ」
 そういえばそんなことも言っていた。すっかり忘れていたけれども。英輔さん、無事なんだろうか。
 英輔さんの行方がわからないまま三日経って、学校が終わってから大和撫子についた私に、マスターは一つの封筒を渡してきた。
「これは?」
「見てみて」
 宛名も差し出し人も消印もない封筒。そのままポストに直接つっこんだもの見たいだった。
 開ける。中には小さい紙が一枚と、三百三十円が入っていた。
 三百三十円。あの日、足りなかったお金。
 慌てて中に入っていた紙を開く。そこには、
「理恵ちゃんへ。良いことっていうのは、沢村さんは最初の日、俺に、理恵ちゃんに手出したらぶっ殺すって言ったよーってこと」
 とだけ書かれていた。予想外すぎる言葉だ、いろんな意味で。
 マスターを見る。マスターは肩を竦めた。
「とりあえず、無事らしいよ」
「……ならいいんですけど」
 もうよくわからなくて、泣き笑いのような顔をしてしまう。マスターも苦笑していた。

 甘味処、大和撫子に新たな風を運び込んだ男は、嵐のようにいなくなった。
 休みのある生活になれてしまったマスターは、結局あの後何人かバイトを雇った。私が店でマスターと会う回数は必然的に減ってしまったけれども、店の外で会っているから問題はない。
「はやく高校卒業してね。条例的な意味で」
 と彼はよく言っている。

 あの日のことはやっぱりよくわからない。神坂英輔が本当に不死者だったのかも。
 ただ、私たちの知っている神坂英輔にはもう会えないのだろうな、と私もマスターも漠然と思っている。
 それでも、私とマスターは新しいメニューの開発に余念がない。いつか、あの人がまたふらりと入り口をあけて入って来る日の為に。甘党で大食いの彼を唸らせる、金魚鉢餡蜜よりも甘くて多いデザートを考えている。
 
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