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表立って載せるほどではない小噺と、あとがき。 その他キャラ設定などなど、徒然なるままに書き連ねるページ。 

大学生だったころの話。

 目が覚めて、一瞬どこにいるのかわからなかった。
 隣にある、寝癖だらけの頭を見て、ここが渋谷慎吾の家だと思い出した。
 ちゃんと家に帰ろうと思っていたのに、結局泊まってしまった。その事実にうんざりしながらも、枕元のケータイに手を伸ばす。七時丁度。自分の体内時計は今日も正確だ。
 今日は三限が休講だから、一限の子ども文化学だけか。レジュメ中心の一般教養で、教科書のない授業でよかった、家に帰らずに行ける。服は……、まあ仕方ないか。
 そんなことを思いながらベッドを出ようとしたところを、
「どこ行くの?」
 右手を握って止められた。
 寝ているんだと思っていた渋谷慎吾が、いつの間にか目を開いてこちらを見ていた。
「どこって、学校」
「大事な授業? 出席とる? 今日テスト?」
「……大事ではないし、出席とらないし、テストではないけれども」
「じゃあ、いいじゃん。茗ちゃん真面目だから一日くらい平気だよ、休みなよ。俺も休むし」
「あのねぇ!」
 そりゃあ、サボリ魔の渋谷慎吾はいいだろうが、何勝手に人の予定を決めてくれちゃってるのだ。
 文句を言うと口を開きかけると、
「わっ」
 ぐいっと手をひっぱられた。体がベッドの上に舞い戻り、ついでに渋谷慎吾が起き上がった。覆いかぶさるようにして、逃げ場を塞がれる。
「ちょっと、いい加減にして」
「一緒にいて……」
 甘い声で囁かれる。
 ああもう、なんだっていうんだ。一限なんだから、こんなところでもたもたしている暇ないのに。
「他の女の子呼べば?」
 精一杯皮肉った口調でそう言ってみせる。
 私じゃなくてもいいくせに。
 怒らせるような言い方をしたのに、渋谷慎吾が怒らなかった。
「お願い」
 代わりに、小さい声で囁かれる。そういう戦法かと最初は思った。
 でも、違う。
「……どうしたの?」
 頬に触れる手が震えている。
 甘い声で囁いているんじゃない。怯えている。
「……なんでもない」
「なんでもないなら私、学校行きたい」
 ぐっと渋谷慎吾が困ったように眉根を寄せて、諦めたように話しはじめた。
「……朝方、メールが来てた。……親から」
「……そう」
 それで大体わかった。
「ろくでもないこと?」
 尋ねると、小さく頷かれる。
 ああ、だからこんなに弱っているのか。
 彼が家族との仲が悪いことは知っているし、彼の家族が、彼の祖父をのぞいて、下衆などうしようもない人達のことも知っている。身を以て。
 そのことを知っているのは私だけだ。
 彼には他にたくさん女がいるけれども、それを知っているのは私だけ。
 自惚れなんかではない。確信がある。
 だって、私達はお互いの弱みを知って、傷を慰めあっているから。十年近く前から。
「そっか」
 手を伸ばし、彼の頭を引き寄せる。彼は大人しくされるがままになっていた。
「他の子呼べば、なんて意地悪いってごめんね」
「……ううん、ごめん」
「いいよ」
 頭を撫でる。
 どうでもいい授業でよかった。ゼミをさぼったりする羽目にならなくてよかった。
「ここにいるから、心配しないで」
 そっと囁くと、彼は小さく頷いた。

 十年前のあの日、あなたが私を助けてくれた。今度は私が助ける番。
    23:51 | Top

私だけが出来ること

 事件を解決した日、マンションの下まで送ってくれた彼は、大体こう言う。
「……今日、泊まっていってもいい?」
 私は決まってこう返す。
「くーちゃんは平気なの?」
 彼の愛鳥の心配。
 餌や水の心配がないと彼が判断したのならば、そのまま部屋に招き入れる。
 もしも、帰って面倒を見なければいけないようなら、
「じゃあ、泊まりに行っていい?」
 私の方からそう提案する。
 別にマンションまで来る前にその話をしてもいいのだけれども、私達は頑にこのやり方を守っている。
 儀式、だ。


 事件を解決した日、同じベッドで眠っても、彼が私を抱くことは決してない。
 ただ、こどものように私の手を握って眠りにつく。
 事件を解決した日、崖から転がり落ちるような早さで彼は眠りにつく。すとん、と夢の世界に落ちる。
 私は大体、そんな彼の寝顔を見たまま、睡魔が訪れるのを待つ。
 彼は名探偵だ。
 名探偵は、職業じゃない。
 そういう生き物だ。
 事件を呼び寄せ、事件を喰らい、生きている。
 彼は、そういう生き物だ。
 謎解きという舞台の上で、全ての謎を収束させ、犯人をあてる。そのときの彼は実に生き生きとしている。
 へらへら笑ったその態度を見て怒るひともいるし、彼を死神だと揶揄するひともいる。
 だけど、私は知っている。
 謎を解き終わったあと、彼が誇らしげな顔のなかに、どこか少し悲しみの色を浮かべていることを。
 自分の歩いて来た道に、積み重なっている死体にうんざりしていることを。
 事件を解決した日、どうしようもなく寂しくなっていることを。
 事件が私と一緒じゃなかったときでも、大体事件を解決した日は私の家に転がりこんでくる。なんでもないような顔をしているけれども、それはきっと寂しくてやり切れなくなっているからだ。
 彼は、他のひとが思うよりもずっと、ずっと寂しがり屋だ。
 自分の生活の全てに、死体が絡み付いていることを、彼は本当は嫌がっている。次は誰が死体になるのか、犯人になるのかと、実は怯えているのだ。
 そう、大体私達の関係だって死体が繋いでいるのだ。
 出会いのきっかけも、今一緒に居ることも、全部背後に死体がある。
 死屍累々と積み重なる死体の上で、孤独に謎を解き明かすのが彼の役目だ。
 壇上で謎を明かす彼に、私ができることは何もない。私は名探偵ではないから。
 私に出来るのは、この孤独な探偵さんが、舞台から降りた、ほんの束の間の休息にあわせて手を差し伸べるだけ。
 今までも。
 これからも。
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