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表立って載せるほどではない小噺と、あとがき。 その他キャラ設定などなど、徒然なるままに書き連ねるページ。 

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あとがき

01/体感温度(隆二&マオ→茗)
不毛な会話の人たち。。
「暑いな」『暑くないでしょ』がやりたかったのです。
あと、マオの好みはまんま私です。

02/夏バテにはご注意を(茗→スイリ)
微妙にいちゃつく人たち。
何かと慎吾はご飯を作っている気もしますが……。

03/夏の来客(スイリ→円)
慌てるスイリちゃん。
慌てながらも法律馬鹿っぷりを発揮。

04/見えない来客(円→三浦)
お仕事円。
店長の恋愛相手がまさかこんなところに繋がるとは、
私も思っていませんでしたよ。

05/夏の幻(三浦→京介)
霊感少年。
三浦殿は絶対に見えそうだな、というお話。
そして彼が怪しい人にあう話。

06/同類相憐れむ(京介→武蔵)
怪しい人の話。
自分で書いておいてあれですが、とことん怪しいと思います。

07/記憶(武蔵→茜)
記憶力の無い人。
こんなおまけ的な話で魔女の組織がどうなっているのかとか、
そういうものを書くってどうなんだろう?
なんて、少し思いながらも。

08/彼女と猫(茜→相模・シオン)
猫好きの話。
そして、そんな猫好きが好きだという話。
ほのぼのしているこの人たちが好きですよ。

09/猫と彼女(シオン→朝陽)
気まぐれ長と使い魔。
とりあえず猫がいると目で追いかける私。
バイト先にいる猫は大人しいので、触るけど。

10/お仕事見学(桜子→麗華)
闘志を燃やす桜子さん。
そして、とても眠い朝陽ちゃん。
父親が新聞記者なのは、苗字が設楽だから
(設楽デスク、でわかって笑ってくれる人がいるのかどうか
↑マニアックすぎるという自覚はありますが)

11/夏ボケにはご注意を(麗華→直純・巽)
幻覚をみる女検事。
なんだかんだ言って、それなり茗のことも認めている人。
というか、認めているからああなのか……?

12/暴走自転車の怪(直純・巽→エミリ)
優しい騎士と冷酷お坊ちゃま。
この二人はとてもとても馬が合いません。
女王はとてもはまり役だと思う。

13/暴走自転車と怪(エミリ→シャドー・ファントム)
やけになったエミリ。
研究所にはろくな人間がいないらしいですよ。
この子がどうかわっていくかも話としては重要なところ。

14/真夏の夜のお仕事(上総→譲)
仕事をする魔女と使い魔。
冒頭の二人(一匹と一羽)の会話が、それぞれの性格がでていると思う、

15/真夏のお仕事(譲→探偵同好会)
お忙しい捜査一課。
実はこの辺から地理とかそういう矛盾が出てきていますが、
パラレルストーリーなので気にしない方がいいと思います。うん。

16/真夏のお仕事ごっこ(生徒会長→小春)
横暴生徒会長とお子ちゃま探偵同好会。
生徒会長が書いていてとても楽しい。
ろくな人間がいない学校ですよ。

17/小春日和の夏(小春→颯太)
夏なのに小春日和な喫茶店。
高校生だけで成り立っている喫茶店ってどうなんだろうか、とも思う。
けど、きっと小春は土地を持っていたりするんだと思いますよ。

18/珈琲論(颯太→新・店長)
珈琲マニア。
コーヒーについて教えてくれた友人に感謝!
ちなみに、本当に豆についてきかれたことがあります。

19/変な来客(新・店長→沙耶)
暇すぎる喫茶店。
お盆は本当に暇でした。

20/紅茶論(沙耶→上泉)
紅茶マニア。
ティーバックは赤いポットのアレ。
あ、あんまり美味しくないと思うんですけどぉ。

21/アツサニマケズ(上泉→隆二&マオ)
走る、ミス・マープル。
どう扱っていいのかわかりにくい人。
何の意味が〜のくだりが気に入っていたり

22/真夏のコンビニ族(隆二&マオ→高校生三人組)
バイトをする不死者と邪魔をする幽霊。
愛想の無い店員がいたもんだ。
「お二人とも」の三浦殿の台詞がやりたくてやりたくてしょうがなかった。

23/図書館ではお静かに(高校生三人組→静)
結局は高校生な三人組。
凸凹ですがいい感じにこの人たちはおさまっていると思います。
主は背が低いので本を取るのに苦労しています。
ええ、それは私もですが。

24/図書館ではお勉強を(静→龍一)
優等生、静。
この子は叔父様があいつなことを知らないわけですが、
知ったときにどれだけ彼女の価値観が揺らぐのか……。

25/決戦は夏(龍一・円→英輔)
受験生とおねーさん。
この二人のコンビもなかなか面白いと思っています。
色々とね。

26/甘いのがお好き(英輔→ホーセイ)
恐るべし甘党の話。
甘いもののためだけに生きているのです。
そして、九州男児という名前をつけた店主が凄いと思う。
彩果の宝石は浦和土産らしいっすよ
私はあんまり好きじゃないんですがね(え)

27/浮気調査(ホーセイ→慎吾)
頑張るスウリ探偵。
お盆云々は白夜行とかその辺がネタ元(確か)

28/素行調査(慎吾→探偵同好会)
いい性格している渋谷探偵。
慎吾の方がホーセイよりも探偵の腕は上です。
うん、年齢的にもね!

29/仕事調査(探偵同好会→和広)
頑張れ太陽君。
どんなに振り回されてもついていく、子犬みたいな子です。
朝陽ちゃんと並ぶと子犬が二匹、みたいな感じです。

30/メモリアル(和広→梓)
憂えるおやっさん。
書いているときは人間関係狭いなぁと思ったけれども、
意外と世の中そういうことあるんだなぁと思ったり。
(バイトの先輩の妹の元彼が同期の子の友達だったり、とか)

31/青春の夏(梓・相模→円・直純)
愛の告白と見える人達。
正直、チビ円と直純が書きたくてしょうがなかったのです。

32/怪談(調律師→裁判委員長)
憑きやすい少年と祓う女性(と大きくなった人々)
龍一に憑いてきた男の子を祓う、というのは前からやりたかったネタ。
ビルは怪談の噂になってます。

33/いざ、一勝負(裁判委員長→四月一日)
将棋好きな高校生。
桜子さんのところの裁判委員長。
まともな人間はやっぱりいません。

34/さぁ、一勝負(四月一日→沙耶・龍一)
将棋好きな鑑識。
九官鳥の鑑識さん。
慎吾とはとても仲良しです。

35/ドッグディズ(沙耶・龍一→?)
再会した人々と総括。
さぁ、皆さん声を揃えて「またこのネタかよ」
好きなんですよ、この組み合わせ。
というわけで、続「Stray cat」です。
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35/ドッグディズ(沙耶・龍一→?)

「お腹がすいた」
「……それで?」
「外は暑そうね。ここはクーラーが利いていて、とても涼しい。わかる? つまり」
「あたしにお昼ご飯を買って来い、そういいたいんでしょ? 自分で買いに行くのも、自炊するのも暑くていやだから」
「当然」
 沙耶の言葉に円は満足そうに頷いた。沙耶が呆れた、と呟いた。
「何がいいの?」
 軽くため息をつきながら、手近なメモ用紙を引き寄せる。
「冷やしうどんとか冷やし中華とか」
「はいはい。清澄と直兄は?」
「何でも。強いて言うなら、ご飯系」
「あー、じゃぁ、ラーメンで」
「了解」
 鞄を掴むと立ち上がる。
 それかふっと、隣に尋ねた。
「龍一はどうする?」
「え?」
 まさか聞かれるとは思っていなかった龍一は少しほうけた顔をして、それから立ち上がった。
「じゃぁ、俺も行くよ。荷物もち」
「そう? ありがとう」
「えっ……」
 ひそかに一緒に行くタイミングをはかっていた直純は小さく声をあげたが、それに気づいたのは隣の円だけだった。
「じゃぁ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
 その円は直純の声を黙殺して、片手をふり……、
「あ、ついでに煙草も」
 そう付け加えた。
「覚えていたらね」
 最初から買ってくるつもりのない沙耶は、そう返事をした。

 ぎしぎし、
 相変わらず今にも壊れそうな音のする階段を下りる。
 2階まで降りたところでちらりと、噂の将棋クラブを覗いてみた。
 そしてまた降りていく。
 全部降りきったところで、沙耶は言った。
「お客さん、2人しかいなかったね」
 その言葉に龍一は頷き、
「また、つぶれちゃうかな?」
 肩をすくめて尋ねてみた。
「そうねぇ……、まぁ、こればっかりはしょうがないわ」
 沙耶は苦笑して答えた。



「10月の第四日曜だっけ?」
「そうよ、見事に学園祭とかぶってるけどね。ちょっと、これってどういうこと?」
「どれ?」
 向こうから歩いてきたカップルらしき男女二人組みは立ち止まり、女性が持っていた本を男性が覗き込んだ。
「げ、こんなの知らないし。俺の受けたところは地上波デジタル放送の問題なんてでなかったから」
「もう、この役立たず!」
 女性は一方的にそういいきると、また本を見ながら歩き出す。
「スィ、転ぶぞ」
 男性がその隣に並ぶ。
「法令は大丈夫なのよ。6割どころか8割とる自信がある。うん」
「法律馬鹿だもんな」
「五月蝿い、ホーセイ。でも、一般教養が駄目。何、地上波デジタル放送なんて行政書士に必要?」
「知らないよ。だから、俺が受けたころにはそんなものなかったし」
「ああ、そうよね、ごめん。もう、『走査線525本のアナログ放送に対し、デジタル放送では走査線1125本の高精細な映像が視聴できる』合ってるか合ってないかどころか、意味すらわからないわよ。走査線って何? あー、今年こそ受かりたい。もう落ちたくない」
 女性が一人で憤りながら歩いてくる。
 すれ違うとき、沙耶と肩がぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「いえ。すみません」
 女性はそういって何度か頭を下げると、また本を見ながら歩き出す。
「すみません」
 連れの男性が沙耶に向かって一度頭を下げ、
「スィ、わかったからお前どこかで座ってやれよ。珈琲代ぐらい出してやるから」
 女性に向かってそう話し掛けた。
 そんな二人を見送りながら、沙耶は軽く肩をすくめた。
「大丈夫?」
「別に、掠っただけだし」
 それから龍一の方をみて、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「大変そうね、受験生」
「……」
 龍一は明後日の方を向いた。



「暑いわね」
「そうだね」
「でも、提案」
 隣よりも一歩後ろを歩く龍一に言った。
「この次の角を曲がればそこにコンビニがあるわ。でも、あと10分ぐらいかかるけど、別のコンビニがあっちの方にあるの。そっちまで行かない?」
 その提案を却下するだけの理由を龍一は持っていなかった。
 微笑んで頷くと、沙耶は安堵したように息を吐いた。
 ガードレールの傍に止めてあったバイクの上でまどろんでいた猫が、にゃーと一度鳴いた。
 バイクの持ち主らしき男性が道の反対側から、道路を渡ってこちらへ歩いてくるのが見えた。



 二人で何も言わないでただ歩く。
 ほんの十数分のその道を、ただ黙々と。
 この沈黙が心地よいと、僅かに沙耶は笑った。
 そして、そのままを言ってみようかと口を開きかけたときに、
 ききぃっ!
 大きな音がして、二人はそちらを見た。
 それがブレーキ音だと気づいたのは、そこにあったのがバイクだったからだ。
「シン、ありがとう、助かった」
 後ろに座っていたスーツ姿の女性が、転げるようにしてそこから降りると、ヘルメットを投げた。それを片手で受け取り、男性は
「帰りは?」
「あー、出来たら送って」
「じゃぁ、終わったら電話してくれ」
「うん、ホントありがとう」
 女性は走り出そうとして、振り返ると、
「愛してる」
 ヘルメット越しに男性に軽く口付けて、本気なんだか冗談なんだかわからない口調でそう言うと、正面のビルへかけこんだ。
「こういうときだけ愛してるとか言われてもねぇ、俺は便利な足か」
 男性が自嘲気味に呟いて、じっと自分を見ている二人に気づいた。
「……何か?」
 目の前であんな光景を繰り広げておいて“何か?”もへったくれもないと思ったが二人は声を揃えて答えた。
「「いえ、別に」」
 電線にとまった鴉が、一声カァと鳴いた。



「今日はおかしな人に会うわ」
 沙耶がぼそりと呟いた言葉に龍一は苦笑した。
「暑いからね」
「ああ、暑いから」
 その言葉に沙耶は納得したかのように頷いた。
 その傍を高校生ぐらいの男の子が二人、かけていった。
「暑いのにご苦労なことね」
 沙耶がそう呟くと、龍一も一つ頷いた。



 目的地のコンビニについたとき、沙耶は軽く眉をひそめた。
 店先で三人の女の子がたむろっていたからだ。
「マンバメイクっていうんだっけ?」
 隣の龍一に耳打ちする。
「山姥に失礼だよな。まだ見たこと無いけど」
 龍一は答えた。
「意外といい人よ」
「え、会ったことあるのっ!?」
 龍一の驚きの声に軽く微笑み返し、さてはてどうしようかと、僅かに思案して、面倒だから関わらないでおこうかと思ったそのときに、
「あー、またあんた達!」
 後ろから甲高い女の子の声がした。
「昨日に引き続き今日も店先でたむろって居るなんていい度胸じゃないの!」
「魔女さん、昨日注意されたばっかりでしょう?」
 一緒にいた女の子がそう言った。
「今日は三浦君もいないんだから、程ほどにしておきなさいよ」
 そんな忠告なんぞに耳を貸さず、注意した方の女の子は続ける。
「昨日も言ったと思うけれどもそういう、貴方達みたいな子どもがいるから大人に馬鹿にされるのよ。わかっている? だいたいね」
「……あまり厄介ごとに首をつっこまない方がいいと、昨日忠告しなかったか?」
 女の子の言葉をさえぎるように、呆れたような男性の声がした。
「あ、」
 だまって成り行きをみていた沙耶は、小さく声をあげた。
『あれ? 沙耶じゃんっ!!』
 その男性の後ろにいた幽霊が顔中を笑みにして手を振ってきた。
「知り合い?」
「ええ」
 幽霊を指さしながらの龍一の問いに頷き、微笑み返す。
「あ、あなた、昨日の。ここ、貴方の勤務先じゃないんじゃないの?」
「今日は休み。コンビニでバイトしているからって自分のバイト先に行くと思ったら大間違いだ」
 女の子の言葉に青年はそれだけ返すと、沙耶の方を見て、会釈した。
「あのときはお世話になりました。……ええっと、大道寺さん?」
 忘れてたのか、とも思ったが、彼と話したのは少しだけだし、彼が人間ではないという事実を除いてはたいしたインパクトもない出会い方だった。それは向こうも同じだろう。
「はい。お久しぶりです」
 そもそもそう言って笑った沙耶だって、彼の名前をすぐには思い浮かべられなかった。
「神山さん」
 記憶から引っ張りだしてきたその名前に、青年は一つ頷いた。
『沙耶、久しぶりー』
 神山隆二の背中にへばりついていた幽霊はそこからひらりと離れると沙耶に抱きついた。
「久しぶり、マオ」
 マオにだけ聞こえるようにそういうと、マオは満足そうに頷いた。
「ここに用?」
「ええ、お昼の買出しに。職場のみんなの分も」
「ああ、この辺なんだ」
 そう言いながら隆二はマンバと女子高生を放置して店内に入る。
 そのあとに続きながら、沙耶は首を傾げた。
「放っておいていいんですか? お知り合いなんじゃ?」
「まさか。昨日も見かけた正義感の強いじゃじゃ馬女子高生だ。そもそも放っておいても店員が対処しに行くさ」
 そういった隆二の隣を店員がかけていく。
 外に出て行ったその店員は彼女たちに何かを言っているようだった。
 納得いかない顔をしてマンバと女子高生がその場を立ち去る。ただ、女子高生の連れの方は、晴れ晴れとした顔をしていたが。
「ホントだ」
「な?」
 隆二は肩をすくめる。
「神山さんは何を買いに来たんですか?」
「天気がいいから外で飯でも喰おうと思っておにぎり」
「……天気がいい?」
 龍一がその言葉に眉をひそめた。
「些か良すぎるように思いますけど」
 沙耶もそう言って苦笑する。
 無論、彼が人間ではないということを踏まえての言葉だが。
「暑くないし」
『そうよねー』
 沙耶の周りをくるくる回りながらマオが頷いた。
「大道寺さんもよかったら一緒にどう? こいつも喜ぶし」
「せっかくですけど」
 沙耶は微笑んで辞退した。
「仕事中ですし、何よりも、あたしには暑すぎるので」
 そういうと隆二は今気づいたかのように、ああ、と呟いた。
「そうかも」
 隆二は苦笑しておにぎりを二つとる。
 沙耶は頼まれていたものと自分の分のお昼ご飯をかごの中にいれた。
「龍一は? 奢るわよ、500円ぐらいまでなら」
「でも」
「頑張ってる受験生にご褒美」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
 サンドイッチをかごの中に入れると、沙耶は満足そうに笑った。
『ねぇ』
 マオが沙耶の肩越しに龍一を見ながら尋ねた。
『この人が沙耶の大切な人?』
「なっ!」
「マオ」
 顔を真っ赤にして固まる沙耶をみて、隆二はため息混じりにマオをたしなめた。
「失礼だろ」
 そうだったとしても、違ったとしても。まぁ、あの反応を見る限り当っているのだろうが。
 沙耶の後ろで龍一も同じような顔をして固まっていた。
『だってだってだって』
 マオは頬を膨らませながら、隆二の背中にしがみつく。
『この間は上手いことはぐらかされたのよ?』
「だったら尚更だ。はぐらかされたっていうことは言いたくないってことだ。すまないな、この通り中身はお子様なんでな」
 最後の台詞は沙耶と龍一に向かって苦笑しながら言った。
 沙耶は落ち着きを取り戻し、微笑んだまま首を横に振った。
「彼は」
 曖昧な笑顔を浮かべている龍一をしめしながら続ける。
「榊原龍一。あたしの働いている事務所で手伝いをしてくれている人です。あたしの……」
 右手で肩を掴む。
「あたしの、これ、も知っている人なんで」
「ああ、なるほど」
 低く押し殺した声で沙耶が紡いだ言葉にも、隆二はあっけらかんと言葉を返した。
「大道寺さんの理解者ってわけだ。そういう人は大事にした方がいい。いなくなってから後悔しても、どうしようもない」
 微笑みながら隆二は言う。
 マオが軽く唇をかんで隆二から離れた。
「……それは、経験から、ですか?」
「ああ」
 一人で棚の商品を見るふりをするマオに一度視線をやり、沙耶は続けた。
「でしたら、その言葉そっくりそのままお返しします。……いなくなってから慌てて探しにでても、遅いんですよ? いつかみたいに」
 そこでくすりと笑う。
 隆二はきょとんとした顔をして、それからすぐに微苦笑を浮かべた。
「ああ、確かにな」
 そういって横目でちらちらこちらを伺いながらもデザートなんて眺めているマオの右腕を掴んだ。
『……。』
 マオは少しだけくすぐったそうな顔をして笑った。そのまま、また隆二の背中へくっつく。それをみて、沙耶も微笑んだ。
 そして、そんな沙耶をみて、龍一が少しだけ微笑んだことを、本人以外誰も知らない。



 かごをレジに出し、それから隆二は店員に告げた。
「あと、マルボロ」
『隆二! 禁煙!』
 背中にはりついていたマオがわーわー叫ぶ。
 それを無視して隆二は会計を済ませる。
 隣のレジで会計を終えた沙耶に、その買ったばかりの煙草の箱を投げた。
「大道寺さん」
「うわ」
 慌ててそれを受け取る。
「これは?」
「もう一人のねーちゃん、なんだっけ? 名前、確か聞いてないと思うんだけど」
「円姉?」
「そう、その人へ。なんだかんだいってあの時は世話になったし」
 出来れば禁煙を勧めたい沙耶は少しだけ渋い顔をして、それからすぐに笑った。
「ありがとうございます。この上もなく、喜ぶと思いますよ」
 隆二は少し笑うと、沙耶の隣の並ぶ。
 歩きながら、袋をあさり
「あとさ」
 肩でドアを開けながら、目的のものをとりだすと沙耶ではなく龍一に渡した。
「お二人でどーぞ」
「あ、ありがとうございます」
『それねー、あたしが選んだんだよ〜』
 何時の間に買ったのか、二つのソフトクリームを龍一は受け取っていた。
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げる沙耶に、
「だから、この間のお礼だって。じゃぁ、まぁ、元気で」
 そう言って笑うと、さっさと歩き出す。
『えー、ちょっと隆二』
 マオが慌てて隆二についていこうとして、もう一度沙耶と龍一の前に戻ってくると二人の手を気持ちだけでも掴んで言った。
『喧嘩しちゃ駄目よ』
「マオもね」
 苦笑しながら沙耶が言葉を返すと、マオはにっこりと笑った。
『大丈夫。喧嘩するほど仲がいいって言うから。ええっと、龍一さん?』
 マオに名前を呼ばれて龍一は慌てて頷く。
『沙耶のことよろしくね。じゃぁ、またね』
 マオはそれだけいって手を振ると、一度も振り返らずに歩いていく隆二を追いかけた。
『隆二ー、待ってよ〜』
 そう言いながらも、時々こちらを振り返って手を振る。
 そして、隆二の背中に再びしがみつくと、もう一度大きく手を振った。
 彼らが角を曲がると、沙耶はくるりと向きをかえて歩き出す。
 慌てて龍一がその隣に並んだ。
「はい」
 そして持っていたソフトクリームを片方渡す。
「あ、ありがと」
「それで、どういう知り合いなの? 仕事上?」
 そのソフトクリームを食べながら龍一が首を傾げる。
「ん〜、前ねマオが神山さんと喧嘩して、あたしの家の前まで家出したことがあるの。そのときに、ちょっとね」
「仲良くなったんだ」
「そう、なんだか放っておけなくて」
「似ているよ」
 真夏の太陽にさらされて勢いよく溶けていくアイスに慌てながら龍一は言った。
「……何が?」
「沙耶が」
「……何に?」
「あの二人に。うわ、溶けるのはやいって」
 真夏の太陽に文句をいいながら、龍一はアイスを消費していく。
 同じように溶けていくアイスに格闘していた沙耶は続きを促さなかった。
 大体食べ終わったところで、もう一度尋ねる。
「神山さんとマオに? あたしが?」
「そう、なんとなくだけどね」
 最後のコーンの欠片を口に放り込みながら龍一は頷いた。
「今日は随分と、誰かに似ているって言われる日なのね」
 おどけて笑う。
「でも、あたしはマオみたいに可愛げがあるわけでもないし、神山さんみたいに落ち着いているわけでもないわ」
「でも似ているよ。なんとなく、だけどね」
 もう一度そういうと、龍一は黙る。
「なんとなくね」
 最後の一口を飲み込むと、
「なら、龍一もなんとなく似ているわ。あの二人に」
「え、なんで?」
「特に、マオにね」
「なんで!」
 沙耶は微笑んで
「さぁ、なんででしょう?」
 それだけいうと少しだけ歩くスピードを速くした。
「沙耶?」
 沙耶は微笑んだまま、黙っていた。
 それを見て、龍一も結局ため息をついて追求するのをやめた。

「それにしてもよく非番の日に会いますね、小鳥遊さん?」
「別に貴方をつけているわけじゃないわよ、笹倉さん」
 二人の横を、そんなやりとりをしている男女が通り過ぎた。

「暑いね」
「でも、さっきよりは涼しいわ。早く戻りましょう。円姉とか遅いとかいって怒りそう」
「円さんなら、大丈夫だよ。煙草があるなら」
「ああ、そうね」
 そういって沙耶はくすくす笑った。



「あたしが何かをして、貴方が怒って離れていっても、またすぐに心配して戻ってきてくれるところ、とかね」
 声にはしないで、口の中で言葉を転がした。
    00:33 | Top

34/さぁ、一勝負(四月一日→沙耶・龍一)

 非番の日。
 妻とは3年程前に死別したし、一人娘は成人して会社の近くで一人暮らしをしている。
 よって、非番とはいえ日常ためていた家事をするぐらしかない、わたしは一人町をうろうろしていた。
 わざわざ都内まで足を伸ばしたのに、特にすることもない。
 そこで、たまたま見つけた将棋クラブにふらりと足を踏み入れた。
 そう、暇だったからだ。
 将棋は仕事が生きがいのわたしにとって唯一の趣味といえる。
 しかし、この将棋クラブで暇を潰せたかといわれたら、まったく潰せないわけで、わたしの他に客が一人も居ないこの店で、店主と二人で他愛も無いおしゃべりをするぐらいしかすることがない。
 正直、わたしは将棋がしたかったわけで、店主としゃべりたかったわけではない。
 そもそもわたしは無口な方だし、職業を聞かれて「鑑識だ」と答えてもなんら話は発展しないし、下手するとひかれるのだ。よって会話は弾まない。
 こんなことならば、探偵のところに行けばよかったかもしれない。
 何かと事件に巻き込まれたり、首を突っ込んできたりする探偵、名前は渋谷慎吾。
 あいつとは将棋仲間なのだ。
 そんなことを思っていると、ぎぎぃと音を立てて扉が開く。
 高校生ぐらいの男子がきょとんとした顔でこちらをみていた。
 ああ、そりゃこの閑古鳥の鳴き具合をみたらな。
「坊主、客か?」
 そう尋ねてみると、坊主は近頃の若者にしては珍しく、
「はい」
 といい返事をした。
「やっと客が来たか!」
 ばしっと、膝を叩いてみせる。
 これで退屈とはおさらばだ。
「珍しいな、高校生か?」
「ええ」
「そうか、じゃぁお相手願おうか」
「是非」
 坊主は店主に使用料を支払うと、わたしの前に座った。
 この若者がどれぐらいの腕前かしらないが、年長者の意地にかけて負けるわけには行かない。

 さぁ、一勝負!

    00:25 | Top

33/いざ、一勝負(裁判委員長→四月一日)

 おお、なんと!
 わたしは心の中で歓声をあげた。
 いつも通っている道で、いつも見慣れたビルをたまたま見上げたのは、何か予感があったからかもしれぬ。
 2階に入っているのは、将棋クラブじゃないか!
 なんだかやけに寂れたビルだが、そこがまた情緒があってよい。
 1階の暇そうな花屋の隣の階段に足をかける。
 ぎしぎし、
 なんだか気味の悪い音を立てる階段。しかし、この階段にもおんぼろビルにもなんら罪は無い。だから、彼らは悪くない。もし、悪かったとしても、将棋クラブがはいっているなんて情状酌慮の余地がある。
 そう思いながら扉を開けて、わたしは愕然とした。
 店内にいた暇そうな店主と思しき女性と
 客らしき男性一人の視線がわたしに集まった。
 ……なんと!
 客が一人しかいないとは!
 前言を撤回しよう。
 なんと罪深き店なんだ。
 極刑か!
「坊主、客か?」
 男性がそう尋ねてきた
「はい」
「やっと客が来たか!」
 男性はばしっと、膝を叩いた。
「珍しいな、高校生か?」
「ええ」
「そうか、じゃぁお相手願おうか」
「是非」
 わたしは頷き、財布から800円出すとカウンターにおき、男性の前に座った。

 いざ、一勝負!
    00:24 | Top

32/怪談(調律師→裁判委員長)

「そういえば、また、変わったんですね。2階」
 ふらりと現われた龍一が、椅子に腰掛けながら言った。
「2階? ああ。将棋クラブになってたわね」
 宣言通りに現われた彼に嗤いかけながら、円は頷いた。
 龍一はその笑みに居心地の悪さを覚え、僅かに身じろぎした。
「はい、どうぞ」
 心なしか軽い足取りで沙耶は近づくと、テーブルの上にグラスを置いた。
「ありがとう」
「ストロベリーとシャンペンで香り付けをした紅茶。水出しアイスティーよ」
「ふーん。ん、おいしい」
「よかった」
「沙耶、私にも」
 円が言葉とともに差し出してきたグラスにアイスティーを注ぐ。
「直兄と清澄は?」
「俺はいい」
「ちょっとだけ」
 清澄のグラスにも少し注ぐと、自分の分に口をつけた。
「ころころ変わりますね、2階」
 この事務所が入っている5階建てのビル。この事務所は5階にあるが、他の階のテナントはころころ変わっている。龍一が知っている限り、2階は行政書士事務所、喫茶店、何かの事務所、そして今回の将棋クラブへと変貌を遂げている。
 ちなみに、今1階は花屋、3階、4階は空き部屋になっている。
「ん〜、そうね」
 円は机の中からクッキーの缶をだすと、それをみんなに配りながら答えた。
「まぁ、一種の怪談の元ネタみたいなものね。この事務所のせいなのよ、それって」
「え?」
「怪しいでしょ、調律事務所、なんて」
 沙耶はクッキーを片手に、ブラインド越しにかすかに見える窓の文字を指さした。
「それはもう」
 龍一はここぞとばかりに頷いた。
「だからね、ほかの階にはあんまり人がいつかないのよ。お客さんが不気味がって来ないから」
「……ああ、なるほど」
 なんとなく足を踏み入れることを躊躇う気持ちはわかる。事実、龍一自身も慣れるまでここへ足を踏み入れるのを躊躇っていた。
 今ではそんなことはないが。
 もっとも、また別の意味で躊躇うときはあるが。
「ま、私たちが商売柄あやかしをひきこんじゃうときもあるし、それを見た人がこのビルは出るっていったりしてねぇ」
「大変ですね」
「……他人事みたいに言っているけど、龍一」
 沙耶はグラスを両手で抱えながら呟いた。
「貴方が霊媒体質で色々連れてくるから、っていうのもあるのよ」
 そしてそのまま、じっと彼を見る。
 正確には、彼の肩の辺りを。
「……今度はどこで何に同情してきたの?」
 低い声でそう尋ねる。
「……なんかいるの?」
 見えない代表佐野清澄が眉を思いっきりひそめてきいた。
「ああ」
 龍一を睨んでいる沙耶の代わりに直純が答えた。
「男の子、かな。3,4歳ぐらいの」
「……大方、交通事故ね」
 頬杖をついて事の成り行きを見守りながら、円も付け足した。

 龍一は少し体を後ろに引く。沙耶からそれを守るかのように。
「あ、あのさ、この子は」
「龍一」
 彼の言葉をさえぎり、沙耶は鋭く彼の名前を呼ぶ。
「霊は生きている人間を連れて行きたがるものだと、言ったはずでしょう? これで何回目? 軽々しく何かに同情するのはやめなさいと言ったでしょう? 大体、簡単だけれども祓える方法、教えたでしょう? 何か憑いているのぐらい自分でもわかるでしょう? それでやれば大体祓えるはずよ」
「でも」
「遅いのよ、何かあってからじゃ」
 唇を軽くかんで、沙耶は龍一を睨むように見つめた。
「……ごめん」
 それに耐え切れなくなって、龍一は呟いた。
 沙耶が軽く息を吐いた。
「こっちに来て」
 グラスをテーブルに置くと沙耶は手招きする。
 龍一は素直にそれに従った。
「しゃがんで」
 膝を床につける。
 龍一の頭を沙耶は軽く抱えた。
「ねぇ、痛かったよね。つらかった?」
 すぐ近く、本当に耳元で聞こえる声とか、自分の頭を撫でる腕とか、そういったものに心地よさを感じるけれども、でも、それが自分に向けられたものじゃないことを知っている。
 とても、切ない感情。
 彼女は、自分に対してはこんな行動はとらない。
「でもね、もう痛いのも辛いのも、終わったから。……うん、そうね。パパともママともしばらくお別れだけど、貴方がいい子にしていれば、迎えにきてくれるわ」
 他のメンバーは黙ってことのなりゆきを見守っている。
 直純でさえ。
 彼が目に浮かべているのは沙耶を心配している、そんな気持ちだけ。
 少しでも、自分に嫉妬していてくれればなんて、思ってしまう。そこに救いを欲しがる。
「だから、今は、もうおやすみなさい。貴方が次に目覚める時にはパパもママもきっと、そこにいるわ」
 この子をだしにしていることぐらい、自分でわかっている。
 ここに来る途中で、見つめた交差点の花束。
 そこに立っている男の子。
 彼が自分に気づいて、憑いてきたことぐらい知っている。
 それを自分からおとす方法だって聞いたから覚えている。
 それでも、そのままここに連れてきたのは沙耶が祓ってくれることを望んだからだ。少しだけでもいいから、自分のことを心配して欲しかったからだ。
 ただ、それだけ。
「うん。じゃぁ、おやすみね」
 沙耶がそう言って笑った。
 少し待ち、
「はい、終わり」
 事務的にそう告げると何の感慨も残さず彼から離れた。
 再びアイスティーに口をつける。
「どうも」
 龍一もそれだけいうと立ち上がり、再び元の椅子に座った。
 一時の自分の欲求を満たしても、結局残されるのは隔たりだけ。

「今、急に思い出したんだけど」
 黙ってそれを見ていた円が唐突に言った。
「直、昔さ、変な男の人みたことあったわよね?」
「変な?」
「ほら、すごく小さかったころ。あんたと二人で土手を歩いてたら、男の人と女の人が前からやってきて……、そう、その人には魂がなかった」
 直純は視線を一瞬上にやり、
「ああ、思い出した」
 すぐにそう言った。
「俺はやめようって言ったのに円がその人に、貴方は何? とか聞いたときだろ」
「そんなことしたのっ?」
 非難を込めて沙耶が言う。
「危害を加えられでもしたらどうしたんですか?」
 龍一にまでも責められて、円は肩をすくめた。
「昔は自分の力が絶大だと思っているお嬢様だったからどうにでもなると思ってたのよ。今考えるとすっごい危なかったけど」
「そうだったんですか?」
「ええ。昔の私はかなり嫌な奴だった」
「ああ」
 円の言葉に1歳違いの従弟は思いっきり頷いた。
「ちなみにこいつは私の影に隠れてびくびくしているような子どもだったわ」
 そういって円は従弟を指す。直純は肩をすくめた。従姉と同じように。
「それで、その人は?」
「さぁ、本人は人間だって言っていたけれども……もし、人間として暮らそうとしている人だったら、悪いことしたかもね」
 そういって、グラスを手に取る。
「でもね、多分あの人は今でも元気に暮らしているわ。そんな気がする。人間だろうとなかろうと、魂があろうとなかろうと、きっとそんなことあの人には些末だったのよ。今思うとね、少し沙耶に似ている」
「あたしに?」
 沙耶は首を傾げる。
「小さなときの記憶だから、あれだけど。地上に降りてきて、みんなが自分の絶大なる力に恐れをなして近寄ってこなくて、それに涙している神様みたいな人だった。寂しくて寂しくて本当はしょうがないんだけど、
それは言わないでただ自分の仕事をこなすの。自分の力とかそういったもの、本当は捨てたいのだけれども、それで得た大切なものもあるから、捨てられない。あの人は、そんな顔をしていた」
「……円姉はあたしのこと、そんな風に見てたわけ?」
 自分の姉のような人間の、審美眼は殆ど間違わないことを沙耶は知っていて、それでいて、だからこそ、そう問い掛けた。
 それはなんだか、かいかぶりのような気がしたのだ。
 自分はそんなに綺麗に生きては居ない。
「ええ」
 そういって円は軽く微笑んだ。
 そして、絶大なる自信を持って、付け加えた。
「信念のある強い人間だと誉めているのよ、きっとね」
    00:22 | Top

31/青春の夏(梓・相模→円・直純)

「先輩に忠告されたわ。たまにはサークルの集まりに顔を出さないと、みんながあまりいい顔をしないって」
「ふーん」
「ふーん、じゃなくて。貴方のせいなのよ、相模」
 並んで歩きながら梓は相模を睨みつけた。
「僕のせい? 違うな、それは責任転嫁だよ」
 相模はひょうひょうと言い切った。
 確かにその通り。
 自分がソレを選んだことはわかっている。
 だが、その言い方はないだろう。
 悔しくて梓は、もっていたスーパーの袋を相手の足に思いっきりぶつけた。
「っ」
 不意打ちを食らって、彼にしては珍しく小さくうめき声をあげた。牛乳パックがはいったそれはとても重いのだ。そして、ぶつけられたらとても痛い。
 大体、なんで持ってくれないのか?
 期待するだけ無駄なことなんてわかっているけれども、彼氏彼女を気取りたいのならば、荷物ぐらい持ってくれてもいいじゃないか。
 そう思いながら、一人ですたすたと先を行く。
 すぐに平静を取り戻した相模は、少し大股で梓の隣へ再びならび、彼女の手からスーパーの袋を奪いとった。持ってもらったら持ってもらったで、驚いた彼女は相模をみる。
「……あれは、痛かった」
 相模は小さく呟く。
「またぶつけられたら、たまらないから」
 他に言いようはないものなのか!
 少しあきれたが、そういう人なのはわかっているので、梓は苦笑するに留めた。
 少し赤くなった左手をさする。
「じゃぁさ、」
「?」
「やめれば、サークル」
「……はぁ??」
「……やっぱり駄目か」
「馬鹿じゃないの……っていいたいところだけど、それもいいかもね」
「は?」
「何よ、自分で言い出しておいて、その反応。もともと付き合いで入っただけだし」
 軽く、リズムをつけるようにして梓は歩く。
「……大学も、やめちゃおうかなぁ」
「え?」
「もう、何よ。貴方ともあろう人がそんな間抜けな顔をさらすなんて」
 梓はそういってくすくすと笑う。
 相模は慌てていつもの少し笑みを浮かべた顔を取り繕った。
「梓ちゃん、」
「ねぇ、相模」
 相模の言葉をさえぎり言葉を紡ぐ。
 足を止める。
 同じ速度で歩いていた相模も、梓から一歩先に進んだところで止まった。

「一緒に暮らさない?」

「…………、え、ちょ……」
 今度こそ、相模の顔から平静は消え去った。
「梓ちゃん、何、いきなり!」
「いきなりじゃないでしょ、ちゃんと私は布石を打ってきたわ。いきなりだと思うなら気づかなかった貴方が悪い」
「梓ちゃん、君は自分が何を言っているのかわかっているのかい?」
「それなりにはね」
 梓は歩き出す。
 相模も慌ててあとを追う。
「私はね、相模。貴方の立場も、私が今言ったことを実行できないことぐらい、よくわかっているわ。だけどその上でそう言ってみたかったの。私の決意を示してみたかった。大学もやっぱりやめる。行ってても意味がないこと、気づいたから」
「……。」
「だから」


「ねぇ、おにーさん」
 梓が口を開きかけたとき、下からそんな声がした。
 二人が少し拍子抜けした表情で声のほうを見ると、気の強そうな女の子とその子の後ろに隠れるようにして男の子が立っていた。
「僕のことかい?」
 相模がいつもの笑顔を取り繕って尋ねる。
「そう」
 女の子の方が頷いた。
 それから、相模の顔を睨みつけるようにしてみる。
「おにーさん、なに?」
「何って?」
「おにーさん、ニンゲンじゃないんでしょ?」
 空気が冷える。
 相模の笑顔の温度が、限りなく低くなるのを梓は肌で感じた。
 この子達は何を言っているの?
「まどかちゃんー、やっぱりやめたほうがいいよぉ。ソウシュにおこられるよぉ?」
 男の子が女の子の袖をひっぱっていう。
「なによ、なお。あんただってギモンなんでしょ? ねぇ、おにーさん。おにーさんって、なに?」
「……どうして、僕が人間じゃない、と?」
「おにーさんにはニンゲンにみえないから。なんだろう? タマシイがね、ない……? しなない? しねない、のかな?」
 品定めするように女の子がいう。
「まどかちゃんー、このおにーさんおこってるよぉ。やっぱりしつれいなんだってばぁ」
 男の子が情けない口調で言う。
「相模」
 自分がその男の子と同じような顔をしていることを感じながら、梓も同じように相模の袖をひっぱった。
 相模が片手でその梓の手に一瞬、軽く触れた。
「僕は人間だ」
 相模は吐き捨てるように言った。
「少なくともそのつもりだ、今は。例え、何に見えたとしても。今は、」
 女の子が首を傾げた。
 そして、再び口を開きかけ、
「円お嬢様! 直純お坊ちゃま!」
「志津子さん!」
「っち」
 走ってくる中年の女性の姿に男の子が安心したような顔をして、女の子は軽く舌打ちした。小さな女の子がするわりには、やけに似合っていた。
「勝手にうろうろしないでください。私が宗主に怒られてしまいます」
「はい」
「はぁい」
 中年の女性に諭されて、二人は頷いた。
「すみません。この子たちが何か失礼なことを……?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
 相模は微笑んだ。
 いつもの笑顔で、それに梓は安堵した。
 女性はすみませんすみませんとぺこぺこ頭を下げて、去っていく。
 途中で女の子が振り返って、舌をだしてみせた。
 その姿に相模が苦笑したのがわかった。

「……ふぅ」
 三人の後姿が消えると、梓は息を吐いた。
「何、今のは?」
「たまにいるよ。幽霊を見えるような人には、僕が人間でないことがわかるらしい」
 相模は言って歩き出す。
 梓は慌てて後を追った。
 足が震えている。
「違うわよ」
 軽く目を細めて前を見る相模に、梓は言った。
「貴方は人間だわ。ただ、少しだけ人よりも長く生きて、人よりも頑張らなければならないけど」
 梓の言葉に相模は少し口元を緩めた。
「……ところで、さっき言いかけたのは?」
 相模に促され、梓は言いかけていた言葉をひっぱりだす。
「うん、だから……私をもっと傍において、つかってくれない? ってもっと時間を作るから、もっと手伝わせて、って」
 機会を逃した言葉はこんなところで使っても意味が無いなと感じる。
 何も効力をもたない。あっても薄れている。
 相模はふっと笑った。
「愛の言葉にしては苦いね」
「かもしれない」
「だけど」
 相模はそう言って微笑んだ。
「お願いするよ」


 例えそれが一時であったとしても。
    00:18 | Top

30/メモリアル(和広→梓)

「どうして貴方はいつもいつもいつもいつも! そのような愚行を繰り返すのですか? 猿にだって学習能力はありますよ? 先日も、警察官の邪魔をしたと学校側に苦情がきていたそうです。これ以上このようなことが続くのでしたら、」
「あー、うん、わかった、ごめん桜子さん今後は気をつけるから、頼むから裁判にかけて廃部とかそういうのはやめて、ね」
「でしたら、もう少し自重してください」
「そうですよー、志田さん。あんまり委員長を苛めないでください」
「付き合わされる僕の身にもなってください」
「太陽までっ!」
 男女4人が道端でなにやら話している。
 高校生ぐらいの彼らは、内容はともかくとしてなんだか楽しそうで、若々しいなと感じた。
 おそらくわたしの娘と同じぐらいだろう。
 そう思うと、軽くため息をついた。
 エミリも彼らのように友達と遊びに行くとかすればいいのに。
 同年代の友達がいないわけではない。高校こそ通っていないが(わたしは通うように説得したのだが)中学のときの友人とは今でも連絡をとりあっているのに。
 まったく、あの意固地な性格は誰に似たのか……。
 ……いや、わたしも妻も我は強いが。

 妻と出会ったのは大学3年の夏で、研究所ではなく大学で出会った。
 それを思ったらやはりエミリにも、多少無理をしてでも学校は行かせるべきだったのではないかと思った。
 わたしがいうのもおかしいがあんな研究所のあんな怪しい派遣執行官なんていう仕事、いつなくなるかわからない。人として真っ当な道とは言いがたい。
 そもそも協調性や社交性を養うには丁度いいのではないか。
 あの子は猪突猛進で自分が正しいと思ったことは決して譲らない。おもちゃの剣をふりかざしていい気になっている子どもと同じだ。
 ……まぁ、先日のG016事件(わたしはこの名称は気に入っていない)の時、神山さんと対峙したことから少し何かが変わったようだが。

 そういえば、大学のサークルの後輩で、少し変わった子がいた、と思い出した。
 何故か打ち上げなどの集まりに一回も出ない子だった。
 周りがあまりいいことを言っていなかったのでそれとなく、たまには出たらどうかと告げたら、
「駄目なんですよ」
 と微笑んで言われた。
「先輩は、幽霊とか妖怪とかそういうもの信じますか?」
 唐突にそう聞かれ、そのころから卒業後は派遣執行官だなぁと思っていたわたしは、
「全面的には否定しないよ」
 と曖昧に言葉をにごしておいた。
「私の彼は、そういうのと同じなんですよ。逆らってはいけないんです」
「……悩みがあるなら相談にのるけど?」
 彼女の言葉に、所謂不良の暴力とかそういうものが思い浮かんで、そう言ってみると、彼女は笑って首を横に振った。
「違いますよ。妖怪とか幽霊とかそういうのと同じっていうのは、この場合には肯定的な言葉なんです。彼はそういう化け物みたいな人だから、……例えば、神様が地上におりてきて、でも、それがあまりにも神々しすぎて人間が怖がって近づかない、そんな空気を持った人だから。崇拝してくれる人はたくさんいるけれども、ずっとそばに居てあげられる人はいないんです。だから、せめて私は、出来る限り彼を助けたいんですよ」
 彼女の言っている意味はよくわからなかったが、彼女はとても綺麗な笑顔を浮かべてそういうから深くは何もいえなかった。
 その後も彼女は打ち上げなどには来なかったし、そのままわたしも卒業してしまってどうなったかわからない。

 実のところ、彼女がはいってきたばかりのころ、彼女に少なからず恋心のようなものを抱いていたこともあった。
 だから、思い出したのだろう。
 彼女は今はどうしているのだろうか?
    00:15 | Top

29/仕事調査(探偵同好会→和広)

 はじめまして。こんにちは。僕は、私立桐沢学園高等部1年の高坂太陽です。
 一年生歓迎会の部長の演説に心を打たれて、探偵同好会に入りました。
 ちなみに、メンバーは部長と僕しかいません。それでよく同好会として存在しているよなぁと思います。部長のことなので、先生の弱みの1つ2つ3つ4つ、握っているんじゃないかなぁ、とも思っています。
 部長は部長としてはすばらしいし、尊敬もしていますが時々変です。
 よくいえば、少年の目をしていて若々しいです。悪く言えば、子どもっぽいです、幼いです、周りを判断しません。
 実は昨日、殺人犯が自首して、警察がその家宅捜査をしていたのでそれを野次馬しに行きました。
 部長は何か証拠を! とか言ってうろちょろしていて、立ち入り禁止のところに入って警察官に怒られました。しかも、そこに生徒会長(この人はとても怖いです)がやってきて、散々部長をこけ下ろしていきました。
 ちょっと部長はしょげているように見えました。

 けれども今朝また電話がかかってきて、
「昨日は公務執行妨害だったからいけなかったわけで、つまり公務じゃなければいいんだ、太陽」
「はぁ?」
「というわけで私立探偵を尾行しよう!」
 とかわけのわからないことを言い出しました。
 素行調査ならぬ仕事調査らしいです。
 そういうわけで、部長が電話帳でここから一番近いと判断したスウリ探偵事務所に張り込んで、そこの探偵さんを朝から尾行しています。
 さっきまで、このくそ暑い中探偵さんが甘味処から出てくるまで待って居たりしました。
 部長はなんだかいきいきしてますが、僕は出来れば家に帰りたいなぁとも思っています。
 いくらいま同好会に依頼がこなくて暇だからってこんなことしなくてもいいんじゃないかなぁと思います。そもそも、お仕事のじゃまをしたら悪いとも思います。
 でも、探偵さんは気付いていないのか、それとも気付いていてあえて無視しているのか知りませんが、さっきからこちらを見向きもしません。多分、前者だと思います。思いたいです。素人の尾行に気付かない探偵とかどうかなぁと僕は思うからです。
 部長は楽しそうに探偵さんのあとをついていきます。
 僕も探偵をするのは好きですが、別に探偵の尾行なんてしたくありません。
 いえ、実はちょっと楽しいですけど。
 同好会にくる依頼をこなしている方が、もっと好きなんです。
 わかっています。今は夏休みだから学校自体なくて、学校が休みならば問題事も起きなくて、その解決のために対策本部が結成されたりすることも調査の依頼が来たりすることもないことぐらい。
 それでも、こういうことはしたくないんです。


「……あ、やべぇ」
 とか思っていると、自動販売機の影に隠れていた部長が呟きました。
 どうしたのかなぁと思っていると(僕のところからじゃ部長の背中が邪魔で何も見えません)
「…………何をしているんですか?」
 聞きなれた声がしました。
「や、やぁ桜子さん」
 部長がそういって笑います。
 それをみて、僕は今日の調査は終わりなんだなぁと悟りました。
 部長の天敵、検事委員会委員長の設楽桜子さんです。部長とは犬猿の仲です。
「あ、太陽君」
 桜子さんの後ろから顔を覗かせて、古田朝陽ちゃんが手を振ってきました。
「こんにちは、朝陽ちゃん」
 僕と同じ1年生で桜子さんの後継者候補の彼女。
 部長を冷たい目で見ている桜子さんとは対照的に、明るい子です。
 それなりに、好感を持っています。平たく言っちゃうと、恋愛感情的ななにかを。
「何してたの?」
「ちょっと」
 そういって肩をすくめてみせます。
 尾行とかいったら部長に殴られるし。
 部長は桜子さんになにやら言われています。
 これにこりてすこし反省してくれればいいのになぁとか思いながら、朝陽ちゃんと他愛も無い話をしたりしてみます。

 つまり、こういうのが夏休みだと僕は思うんですけど……。
    00:12 | Top

28/素行調査(慎吾→探偵同好会)


14:57 M駅前で北山春香嬢(以下、K嬢)は
      男性(根岸正明氏、別紙参照。以下N氏)と合流する。
15:27 M区3丁目に所在する甘味処「大和撫子」に入店。
      店内での張り込みを開始する。
      K嬢とN氏は楽しそうに談笑する。



 息子の恋人の素行調査。
 結婚の約束をしたわけでもない、ただの恋人。
 そんなやつの素行調査を依頼する親ばかな依頼人の姿を思い浮かべながら軽くため息をついた。
「うちのたぁ坊は」
 成人した息子を捕まえて人前でたぁ坊なんて呼ぶその神経にもあきれ返る。
 ちなみに、この依頼はそのたぁ坊(21)には極秘なんだが。
 ところてんをつっつきながらそんなことを考える。
 尾行中は飲食は厳禁。ああ、もったいないなぁ。と思ってちょっと食べたけど。
 で、そのたぁ坊の彼女、K嬢(19)はN氏(妻帯者・39)とただいまデート中。
 不倫というか、まぁぶっちゃけていうと援助交際だな。
 その割には、N氏の奥さんが実家に帰ってから毎日会っているからちょっとは情が移っているのかもしれない。
 まぁ、N氏、君もそろそろ年貢の納め時だよ。
 ちらりと、二人のほかにいる、もう一人の男性客を見る。
 N氏の奥さんが実家に帰ってから、N氏のことを尾行している人間。気になって調べてみたら、同業者。「スウリ探偵事務所」の雛梨法征(23)とか言ったか。N氏の奥さんから依頼を受けたらしい。
 かわいそうに。奥さんが帰ってきたらどやされるんだろうなぁ、エィメン。

 そんなことを思っていると、ちりん、一人の客がはいってくる。
 俺も人のこといえないけど男一人で甘味処って寂しいよな。
 その男はにっこり笑いながら、店員に
「九州男児を」
 と告げた。
 ……待て。
 壁に貼られたそれの写真を見る。
 九州男児ってあれじゃないか。金魚鉢パフェならぬ、金魚鉢あんみつじゃないか。
 甘党の男性が居ることも認めるが、それは無謀な挑戦ではないか?
 K嬢、N氏並びに雛梨探偵も彼のことをじっと見ている。
 そりゃぁ、気になるさな。
 その男性客がこちらに視線をやると、俺も含めて全員が面白いように視線をそらした。お近づきにはなりたくない。
 仕事にさしさわりがないならば、なんでもいいんだが。
 そして、男は恐ろしいまでのハイスピードでそれを平らげると出て行った。
 時間にして僅か8分。
 すみません、気持ち悪いんですけど。

 そう思っていると、雛梨探偵が外にでていった。
 コレは外で張るつもりかな?
 ここの外の構造を思い出す。
 あまり人通りのない道だし、待ち合わせを装うにも不自然か。
 あの人が外にいるなら俺までも外にでて立っていたら怪しいしなぁ。
 そんなことを思っていると、K嬢、N氏の二人が立ち上がった。

16:32 K嬢、N氏連れ立って甘味処を出る。

 二人が外に出たのを確認し、少し待つ。
 それから、席を立つ。
 会計はあらかじめ済ませている。
「ごちそうさま」
「ありがとうございました」
 店員(えび茶式部)の声を背に受けながら日差しのなかに飛び出した。
 少し早足で大通りまででる。

16:33 K嬢、N氏西方向へ。
      尾行再開。


 帽子をかぶり、二人のあとをつける。
 二人は道路を渡り反対側へ。
 様子を見ながら、俺は歩きつづける。ここで慌てて反対側に渡ったら目立つし。
 雛梨探偵は慌てて反対側へ渡った。
 って、探偵歴浅いな、君。
 と、思っていたら高校生ぐらいの少年が二人、雛梨探偵の跡を追って慌てて道路を渡った。
 まだいたのか。
 軽く驚く。
 甘味処に入る前から、雛梨探偵をつけてはいたが、まだ続けていたのか。どうやら、探偵ごっこらしいが。
 気付いていない雛梨探偵はある意味あっぱれだ。
 そして、何よりも、こんなに大勢に(直接的であれ間接的であれ)尾行されているのにきづかない、K嬢とN氏が凄い。

 さてさて、仕事仕事。
 素行調査なんて好きじゃないがしょうがない。
 そう思いながら、意識を集中させた。
    00:10 | Top

27/浮気調査(ホーセイ→慎吾)

「夫が浮気しているような気がするんです」
 そいつは大変ですね。なんてこと、思っても顔にだしてはいけない。いや、いつも思うんだけど。
「……今年、お盆は実家に帰られますか?」
「え? いいえ、特にそんな予定は……」
「でしたら、ご主人に急に帰らなくてはいけなくなった、と言ってみてください。もし、ご主人が浮気しているならば、仕事が忙しいから帰らないなどというはずです」
「そ、それで浮気相手に会うと??」
「ええ。……まぁ、実際に仕事が忙しいという可能性も否定出来ませんが」
「わかりました」
 依頼人は頷いた。
「主人にそう言ってみます」


 お盆の浮気調査ほど効率のいいものは無い。
 さきほどのようなやりとりをしたら、確実に浮気相手に会う。
 それを俺は尾行すればいいだけ。

 まぁ……、一人でこんな甘味処に入るのもあれなんだけど。
 スィでも連れてくればよかったなぁと思いながら、対象者に気を配る。
 甘味処「大和撫子」
 ちなみに、浮気、してました。
 浮気って言うか、援交?
 だって、明らかに相手年下だしさ。
 これで奥さんが帰ってから3日目だけど毎日会ってるってどうなのよ、それ。
 真実の愛は今何処? あいのりの旅でもしてみようかなぁ。あはは。


 それにしても、気になるのはさきほどから何度も現われる男。
 微妙に帽子かぶったりとったりサングラスかけたり眼鏡かけたり変装しているけれども、先ほどから何度も視界に入ってくる。
 今も男で一人寂しくここにいるし。
 その割にはだされたものに殆ど手をつけていない。
 対象者をつけているのか、女性の方をつけているのか知らないけど。
 ……ご同業?
 とりあえず、こいつも調べてみた方がいいのかなぁ。

 そんなことを思っていると、
 ちりん、
 また新たに客が入ってきた。
 また、男の一人客だよ。
 そう思い、ため息をつく。
 そろそろ外にでて、張ってようかなぁ。でも、外暑いしなぁ、と思っていたら、
「九州男児を」
 そんな言葉が聞こえて、慌てて先ほどの客を見る。
 まてまてまてまてまて。
 壁に貼ってある九州男児とやらの写真を見る。
 明らかにこれ、あんみつが金魚蜂にはいってるだろ?
 3000円もするぞ。
 お前、これ、喰うんか!?
 自信満々に大丈夫です、とかいってるけどっ!?

 周りをみたら、怪しい男も対象者と浮気相手もその男を見ている。
 そりゃあ、そうだろう。
 うわ、こっち見た。


 そうこうしているうちに、その九州男児がとどけられる。
 うわ、本当にでけぇ金魚蜂にはいってるよ。
 うわ、黒蜜そんなにかけて。
 甘。
 見ているだけで気持ち悪くなってくる。
 それを、その男は何のためらいも無く、恐ろしいほどのスピードで消費していく。
 店内の誰もが、そいつから視線を逸らせない。
 恐ろしいほどのスピードで、金魚鉢を空にすると、そいつはにこやかに笑って出て行った。
 何、あいつ。
 甘い、気持ち悪い。


 ……ああ、そうじゃなかった。
 余計なところに気をとられるなんてプロ失格だ。
 俺は席を立ち、会計を済ます。
 ここは裏路地なので隠れるところが無い。
 幸いに、ここから大通りまでは一本なので、大通りに出た木陰に立った。
 あんなやつのことを忘れて、対象者がでてくるまで張り込むことにする。
 立ちっぱなしはきついけどさ。


 ……でも、あの、暑いから、出来たら早くしてください。
 ちょっと情けないけど、そう思った。


 そうそう、それから、スウリ探偵事務所では、あなたからのご依頼をお待ちしています。
    00:07 | Top

26/甘いのがお好き(英輔→ホーセイ)

 神坂英輔は甘いものが好きである。
 むしろそれらが彼の主食だと言い換えても構わない。
 特に食べる必要性のない彼の不死者という特異体質上、彼は自分の好きな甘いものばかりを食べつづける。
 それでよく太らないものだ、と最近ちょっと体重を気にし始めているエミリという女の子に言われた。
 太りたくても太れないのだというのが彼の言い分。
 そもそもこんな体にしたのは君たちじゃないか。
 そうは思っても、好きなものだけ食べられるこの体を彼は特別嫌っているわけではない。むしろ、割と好意的に受け止めている。
 閑話休題。
 彼はどこから仕入れてくるのか、美味しい店の噂を拾ってくる。東にケーキの美味しい店があると聞けば跳んでいき(割と文字通り)西に美味しい大福があると聞けば走っていく(文字通り)それを買う資金が一体どこから出てくるのかというのも疑問だが(悪銭身につかずってことのことだよね。手に入るとすぐにお菓子に使っちゃう)。

 そして彼は、美味しいあんみつを食べさせてくれる店があるというのを聞きつけ、はるばる広島からここ東京まで来たわけである(とにかく紅葉饅頭が食べたくなってさ)。
 路地裏にある、少しレトロ……といえば聞こえのいい店。
「甘味処 大和撫子」
 彼はその看板を見ると躊躇いもなくドアをあけた(彼が人生において躊躇ったことは多分ない)。
 ちりん、
 ドアについた鈴が小さくなった。
「いらっしゃいませ」
 えび茶式部の制服を来た店員が言った。
 店内には男女の組み合わせと、それから男一人が二組いた(自分のことを棚にあげて、寂しいやつらだな、と英輔は思った。男一人で甘味処なんて気持ち悪いぜ)。
 彼は席につくと、彼女の目を見つめはっきりと自分の意志を告げた。
「九州男児を」
 店内にいた全ての人々の視線が彼に集まった。
 雷が見えた。
「お客様……、その」
 店員もなんて言っていいのかわからない様子だった。
 しかし英輔は
「大丈夫です」
 そういってにこやかに笑った。
 その様子におされて、店員は
「しょ、少々お待ちください」
 そう言って引っ込む。 
 彼が視線を前に向けなおすと、店内の人々は慌てて彼から目をそらした。


「お待たせいたしました」
 微妙に声の震えた店員が持ってきたのは金魚鉢だった。
 表面を餡子とアイスクリームと生クリームで覆われている。
「ごゆっくりどうぞ」
 そういって店員はこちらにちらちら視線をやりながらさがる。
 彼はその金魚鉢にざばっと黒蜜を注ぎ込んだ(ちょっとテーブルにはねた、勿体無い)。
 店内に再び動揺が走る。
 ちらちらと彼のことを伺っていた客達は、完璧に彼のことを見ていた。
 英輔はそれにかすかな優越感を感じながら、思いっきり口にいれた。
 口の中に広がる甘味(それはもう芸術的な程の。芸術は爆発だ)に彼はうっとりと目を閉じた。


「お会計3000円になります」
「ごちそうさま」
 彼は小豆の一つ残すことなくそれを平らげるとにこやかに笑って店を出て行った。
 店員がじっとドアを見つめていたことを、彼は知らない。店員だけではなく、客全部が。
 そんなこと知らずに彼は、今回のあんみつはなかなか美味しかったと思っていた。3000円の価値はあっただろう。


 彼は今度はその足で埼玉に向かった。
 彩果の宝石というゼリーが人気らしいと聞いて。
 ゼリーならば甘さはあまり期待できないかもしれないが。

(ちなみに、彼は仲間内では「あいつは味音痴だから」で一致していた。グルメというよりも甘いものが好きなだけの)
    00:05 | Top

25/決戦は夏(龍一・円→英輔)

「はぁい、龍一君」
 道を歩いていた後ろから聞きなれた声が聞こえた。
 振り返る。
「……。」
 ただ、その声と目の前の人物が一瞬一致しなかった。
「ちょっと、何よ、その顔は」
 そういって彼女はかけていたサングラスを外す。
 それでやっと、確認することが出来ました。
「サングラス、かけるんですね。円さん」
「眩しいじゃない。目が痛いし」
 そう言って、とったソレをシャツの胸元にひっかけた。
 微妙に目のやり場に困りつつ、龍一は首を傾げた。
「どうしたんですか?仕事ですか?」
「ん、終わったところ。龍一君は?」
「図書館で勉強してて。混んできたのでこれ以上は迷惑だろうな、と思って帰るところです」
「大変ねぇ」
「まぁ、受験生ですから」
「天王山の夏、ね」
 そういうと円は眩しそうに太陽を見つめた。
 そして、龍一に視線を移すと、
「よし! ご褒美におねーさんが甘いものを奢ってあげよう」
「はい?」
 一連の流れが理解できず、龍一も太陽を見あげる。そこに何か答えがあるのかと思って。
「糖分は頭が冴えるわよ。あんみつでいい?」
 いい? とか言いながらすたすたと歩き出す。
 龍一も慌てて跡を追う。
「あの、でも円さん。俺、今日は財布にそんなにお金……」
「いいって、奢ってあげるっていったでしょ?」
「でも、悪いですよ」
「気にしないで」
 なれた調子で狭い路地に入る。
 龍一の頭の中に、この人が連れてってくれるのは本当に“現実”の店なんだろうかという考えがよぎった。物の怪が営業する店でもなんの不思議も無い。
 目の前に、やけに古びた甘味処が現われると、一層強くそう思った。「大和撫子」と看板には書かれているが、本物の店ですか?
「いつも沙耶の面倒みてくれてるから、そのお礼? っていうか、私が煙草吸いたいだけ。暑いのもいやだし」
 そういって彼女は何のためらいも無くそのドアをあける。
 ちりん、
 小さく鈴がなる。
 一瞬躊躇った。
「何してるの?」
 ドアを開けたまま、円が首をかしげる。
 この人はこんなふうには、人をからかったりしない。
 そう念じながら、龍一は一歩中に踏み入れた。

「いらっしゃいませ」
 大正時代の女学生のような服をきた店員がそういう。
「白玉クリームあんみつ……でいい?」
「え、あ、はい、なんでもいいですけど」
「じゃぁそれを2つ」
「かしこまりました」
 そういって店員は去っていく。
「どう、この店? このレトロな内装とえび茶式部の制服が私は気に入ってるんだけど。もちろん、美味しいし」
 先ほどの店員が持ってきたお茶を啜りながら円は当たり前のように付け加えた。
「勿論、実在するお店よ」
 その言葉に、龍一は嘆息した。
 そして、自分の分のお茶に手をつける。
 結局、読まれていたのだなぁと思って。
 円はふふっと嗤うと、煙草に火をつける。目を細めてその煙を見つめながら、呟いた。
「受験、大変なのはわかるんだけどね、たまには顔をだしてあげて」
「……」
 煙から龍一に視線を移し、円は彼女にしては珍しく寂しそうに笑った。
「実は君にちょっと嫉妬してる。私たちじゃ、君ほど上手くあの娘を笑わせられない」
 ふぅと、煙を吐き出す。
「ああ、勿論、一番最初に言ったとおりに、嫌だったらいいの。むしろ、嫌々相手をするのはやめて欲しい。
でもね」
「いやではないですよ。勿論」
 相手の言葉をさえぎる。
 円はさまよわせていた視線を龍一に戻した。
「ただ、」
 自分の中で今の心境にぴったりの言葉を捜す。
「なんだろう、そう。“受験生に恋愛はご法度”っていうじゃないですか」
「ええ」
「まぁ、俺の場合はそれが受験の理由にもなってるんで一概には否定できないんですけど、ただ、気が緩むのが怖いから。一度会ったら、ずるずる歯止めがきかなくなって毎日行っちゃうんじゃないかと思うと、それがちょっと。俺の場合、つい最近受験を決めたばかりですしね」
「……そう」
 円はそれっきり何も言わないで、煙を睨む。
 龍一は視線を逸らさないで、円を見つづけた。

「お待たせしました」
 沈黙を破ってあんみつを持ってきたその店員は、二人の様子をどう捉えたのだろうか?
「あ、ありがとうございます」
 思わず口をついてでた龍一の言葉に、少し驚いた顔をして、それから少し微笑んで去っていった。
 その様子に龍一は軽いデジャ・ヴュを感じた。
 他ならぬ、“彼女”と初めて会ったときに、彼女が見せた反応と同じだったからだ。
 自分のお礼の言葉に、彼女は驚いたような顔をして、それから微笑んだ。それに魅せられた。あれが最初。
 今が8月だから、もう5ヶ月も前の話。

 円は煙草を灰皿に押し付けると黒蜜を少しずつかけていく。
 龍一はそのまま口に入れた。
「なんだろう、上手くいえないんだけど」
 細く、器にこぼれていく黒蜜を見ながら円は呟く。
 まるで独り言のように。
「無理矢理頑張らなくてもいいと思う。むしろ、龍一君が無理矢理頑張ってあの娘のために医学部に合格しても、多分」
 黒蜜の入った容器を置くと、スプーンをとる。
「あの娘は気に病むだけ。今でも、気に病んでるんだろうけど」
 白玉をひとつすくいあげる。
「頑張る頑張らないは、君の自由だし、私がとやかく言えたことじゃないんだけど。部外者だから。……ごめん、何が言いたいのかわからなくなっちゃった」
 そう言って、白玉を口に放り込む。
「わかりますよ。大体ですけど。円さんは、沙耶のためで受験を受けるなって言いたいんでしょ? それは、大丈夫です。結局それが自分のためだってこと、わかってますから。誰かのためだって理由をつけたって、そんなのただのエゴにしか過ぎない。結局は、自分のためなんですよね。」
 そういって、あんみつを口にいれる。
 円は、軽く息を吐いた。
「ああ、本当、君には敵わない」
 些か芝居がかった言い方ではあったが、彼女らしさが戻っていた。
「明日辺り、お邪魔します。息抜きも必要ですから」
「強要したみたいで悪いわね。ああ、事実そのとおりなんだけど」
 そういって円はおどけて笑う。
 龍一も一緒に笑った。

 あんみつは甘くて美味しかった。
    22:22 | Top

24/図書館ではお勉強を(静→龍一)

 本を読むことは嫌いではない。
 コレでも、親や教師や世間の前ではお嬢様で通っているのだから、本を読むことぐらい軽くこなさなくちゃ。
 そうでなくても、純粋に好き。
 前は童話、それもファンタジーが好きだったけれども、今はやっぱり足が自然に医学系の棚に行く。
 両親に聞けばいいのだけれども、うちの両親は忙しそうにしているからなるべく無駄なことは聞かないようにしてる。
 触らぬヒステリックな中年の男女に祟りなし。
 一日中あの人たちの顔を見ているのかと思うと、うんざりしてあたしは今日も図書館へ逃げ込んだ。
 うちの親はあたしが図書館で勉強していると知ればいい顔をする。
「うちの静は夏休みでも毎日ちゃんと勉強して」
 そんなくだらないこと、言いふらすなんて低レベル。
 自分達を偉いと思い込んでいる、あの医者夫婦。
 あの病院だっておじいちゃまから受け継いだだけじゃない。病院だけじゃない、患者だって。
 それでも、おじいちゃまと違ってあの医者夫婦は高慢ちきで患者は段々離れていっているけれども。
 待合室でおばあさまやおじいさまが文句を言っているのを知っている。
 そして、その文句に対してあの医者が文句を言っているのも知っている。
 「汚い老人が」だなんて、医者がいう言葉??
 お願いだから、あたしが継ぐまで潰さないで欲しい。
 別に大学病院とかで雇われ医師になってもいいけれども、おじいちゃまの病院を潰すなんて信じられない!
 おじいちゃまが可哀想。最期まであいつらに邪見に扱われて。おじいちゃまはまだまだ働けたのに、あいつらが勝手に引退に追い込んで。
 叔父様がまだ家にいたらいいのに。おじいちゃまはずっと、叔父様に病院を継いで欲しがっていたのに。その叔父様をあいつらは家から追い払った。
 あたしは叔父様が居るということは知っていても、あったことなんてない。写真だってみたことがない。
 あたしが小さいころに家から追い出されたって。
 全部、病院を独り占めしたいから。
 もっとも、聞いた話ではあいつらはおじいちゃまの遺言状を隠して、それが法律違反にあたったらしいけど。
 叔父様は裁判まで起こす気とかはなくて、示談で話がついたって。
 でも、母は言っていた。
「どこまでも意地汚い。お金をせびるなんて」
 なんて、意地汚いのかしら。
 どちらが意地汚いのかしら。
 意地汚さって遺伝するのかしら?
 そんなことを考えついてあたしは顔をしかめた。
 ありえないけれども、嫌になってしまう。

 ため息をつき、視線を本棚に這わせる。
 何か面白そうなのないかしら?
 この気分を紛らわせるぐらい、のめりこめるもの。
 ふと、一番上の棚にある背表紙に何もかかれていないいかにも古そうな本が気になった。
 医学とか法律とか、そういうものはどんどん新しくなっていくけれども、温故知新。古いものから教わることもある。おじいちゃまの受け売りだけど。
 そう思ってそれをとろうとしたけれども、あたしの身長じゃ取れなくて。何度かはねるようにしてそれに手を伸ばしていると、
「これですか?」
 同い年ぐらいの男の子がそれをとって渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ」
 彼は笑ってその場を去っていく。
 二人の女の子と一緒だった。
 ふむ、なかなかかっこいい子だが、二股は関心しないなぁ。


 適当にいくつかの本を見繕って、空いている席を探す。
 夏休みは混んでいる。
 やっと一つ空いている席を見つけた。
「ここ、いいですか?」
 正面に座っている男の子、こちらも同い年ぐらいに声をかける。
 尋ねられたことに驚いたのか、彼は目を見開いてあたしをみて、それからふっとわらった。
「どうぞ」
 それだけいうと、彼はまたノートと本に戻る。
 図書館で他の勉強することは関心しないなぁ、と思ったけれども、彼が見ているのは医学系の本だった。
 ちらちらと視線をノートにうつすと、本の内容をノートに要約している。
 ひょっとして、受験対策、小論文対策とかそういうのかしら?
 医学系をみているということは、きっと医学部狙い。
 親近感が持ててあたしはふふっと笑った。
 彼が顔をあげて首を傾げた。
 あたしは慌てて下を向いて本を読むふりをした。


 だってあたしはこれでも、外ではお嬢様で通っているんだから。
    21:46 | Top

23/図書館ではお静かに(高校生三人組→静)

「あれはね、やりすぎだったと思うよ」
「……やっぱり?」
「店員さん困っていたじゃない。まぁ、確かにあんな絶滅危惧種なマンバメイクした女子高生と同列視されるのは耐えがたい屈辱だけれども、だからといってあんな暴挙にでることはなかったのよ。何故ならば、あそこであの子たちを裁くかどうかの権利は店員にあるのだから。ちょっとでしゃばりすぎ」
「そうよね、反省」
「まぁ、ちょっとかっこよかったですよ」
「本当、ありがとう三浦殿」
「ちょっとだけね。すっきりしたのは事実」
「あら、うふふふ」
「気味が悪いなぁ」
「しかし、どうして店先で座り込んだりするんでしょうか?」
「さぁ? あんな絶滅危惧種の考えることなんてわからないわよ」
「そうねぇ、まったくだわ」
「あら、あの女の子、本がとれない見たいね」
「ホントだ」
「……親近感が沸いてるでしょ、主」
「ちょっとね」
「……。この本ですか?」
「あ、すみません。ありがとうございます」
「あら、三浦殿、紳士じゃない」
「そうね」
「からかわないでくださいよ」
「可愛い子ね」
「なんか、昔のお姫様みたい」
「大和撫子って感じですね」
「ああいう子ばっかりだったらいいのに。そしたら近頃の若者はとか言われなくてすむのに」
「同感」


「こほん。あー、君たち。ここは図書館なんでね、静かにしてもらえるかい? ん? まったく、近頃の若者は」
「……。」
「……。」
「……。」

「「「ごめんなさい!!」」」
    21:43 | Top

22/真夏のコンビニ族(隆二&マオ→高校生三人組)

『ねぇねぇねぇねぇねぇ、隆二ー』
 うっせぇよ。
 耳元でわいわい騒ぐマオに対してそう思いながらも、表面上は冷静に、
「お会計、134円になります」
 客に対してそう告げた。

 光熱費やら家賃やら、多少なりともお金は必要なわけで、情けないことに不死者である俺もバイトを強いられている。
 今はコンビニで。

「1000円お預かり致します」
『隆二〜。つまんないー』
 自分の目の前をうろちょろしていたり、客に対してちょっかいをだしていたりしたころはまだ良かったが、背中にへばりつきながらつまらないと訴えられるこの状況に耐えられるほど、俺は人間ができていなかった。
 人間じゃないし。
 さりげない動作でマオの腕を掴むと、レジキーを叩くふりをして自分の近くへ引き寄せ、つり銭を返しながらその腕を押して
「ありがとうございました」
 外へ追い出した。
 無論、すぐに帰ってきたけれども。
『隆二隆二隆二』
 ああ、五月蝿い。
 家においてくればよかったなぁと思っていると、
『大変大変大変!』
 マオが目の前をくるくる回りながら外を指差した。
『なんか外がてんやわんやの大騒ぎ』
 どんなだ。
 そう思いながらも外へ視線をやる。
 ああ、確かに。
 先ほどから店先に座っている女子高生がいるなぁと思いつつも、面倒なので放置していたら先ほどペットボトルを買っていた女性と、どっから沸いて出たのか……、座っている女子高生たちと同じぐらいの年齢の少女が言い争っている。
 面倒だなぁ。まったく。
『どうするの?』
 マオの問いに肩をすくめて返し、
「あー、すみませんお客様」
 ドアを開けて顔をだすと、座っている女子高生にそういった。
「すっごい迷惑なんでやるならよそでやってもらえます?」
 一同を見回してつけくわえる。
「暑いし。なんだったら営業妨害で警察呼びますよ」
 そんな面倒なことしないけど。どうせ、そうまで言われて居座る奴はいない。
 女子高生たちも顔をしかめると、ふんっと鼻をならし立ち去った。
 にしてもすっげぇメイクだなぁ。気持ち悪いなぁ。
 しかも、ごみ残したままだし。
 先ほどの女性がそれを拾おうとするので、
「あー、いいですよ、お客様」
 慌てて静止した。
 思わずため息がでた。
「あとはやりますんで」
 それでも女性は手をだしかけて、携帯電話が鳴った。
 慌てて彼女は出て、こちらに一礼すると立ち去る。
「……何か?」
 ごみを拾っていると言い争っていた少女がこちらをみていた。
 彼女の連れであろう。他にも少女が一人と少年が一人。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
 少女がぺこりと頭を下げる。
「いや、仕事だし」
 外に置いてあるごみ箱にごみを放り込む。
「……これは仕事ではなくて、年上としての忠告。あまり厄介ごとに首をつっこまない方がいい。そんなことしなくても、厄介ごとは望んでいないときにむこうからやってくる」
「でも、あんなのと同じだと思われるのは嫌だから」
 珍しく気を利かせてそういってやると、少女はそう答えてきた。
「同じ?」
「大人は、最近の若い者はって一まとめにするから、そういうの嫌だし」
「ああ、なるほど」
 それはわからなくもない。
「だが、あそこで喧嘩を売っても結果は変わらない。くだらない大人の言うことを一々気にするなんて時間の無駄だ」
 少女はまだ何かをいいたそうにしていたが、連れの少女が
「魔女さん」
 一言、彼女の渾名だと思われるものを呼ぶと黙って頷いた。
「とにかく、すみませんでした」
 少女がもう一度頭をさげる。
 そしてそのまま歩き出した。
「ちょっと、魔女さん」
 連れの少女も慌ててこちらに頭を下げると小走りで彼女を追いかける。
 残された連れの少年は俺の目をみて、
「ありがとうございました」
 そう言った。
 ただ、その後に視線を少し目から外して、
「お二人とも」
 そう付け加え、二人を追いかけるために走っていった。

『見えていたのかしら?』
 その後姿を見送りながら、マオが呟いた。
「さぁな」
 同じようにその後姿を見送りつつ、俺は答えた。
    21:42 | Top

21/アツサニマケズ(上泉→隆二&マオ)

 クライアントとの待ち合わせ場所。
 それがこの喫茶店。
 頼んだアイスコーヒーを飲みながら、今までこのクライアントとのやりとりをノートで確認する。
 依頼は離婚。
 相手方の代理人とも話し合って、裁判までは行かず話し合いで解決しそうな空気を見せている。
 今日のもただ単に、お互いが都合がいい日を確認するためだけ。

——。
「いらっしゃいませ」
 自動ドアが開く。
 そちらを見ると、クライアントが視線をさまよわせていた。軽く手をあげると、彼女は気付きこちらにやってくる。
「おはようございます」
「おはようございます。暑い中すみません」
「ちょっと、今何か頼んできますね」
 そういって彼女はレジカウンターへ向かう。


「ごちそうさまでした」
 そういって、私のすぐあとに来た若い女性が出て行った。

 *

 話し合いで解決する方向で決定し、クライアントと別れたあと事務所に向かって歩く。
 先ほどアイスコーヒーを飲んだにも関わらず、喉の渇きを感じた。
 仕方なく、近くのコンビニに入る。ペットボトルのお茶を手にとると、レジへ向かう。
「いらっしゃいませ」
 若い男性の店員がそういった。


 コンビニから外へ出ると、入り口のところで若い娘達が座り込んでしゃべっている。
 ごみも散らかしていて、ここは何か注意した方がいいのだろうか?
 そう一瞬悩む。
 悩んでいる間に
「ちょっと、貴方達何こんなところで座ってるのよっ!」
 この娘達と同じぐらいの年頃の女の子がそう怒鳴った。
 女の子の連れであろう。もう一人の女の子と男の子が困った顔で彼女たちを見ている。
「あんたたちみたいなのがそうやってやるから大人たちに、まったく近頃の若者はとか馬鹿にされるんでしょ? いい迷惑なのよ」
「はぁ?うっせぇよ」
「そこのばばあも何見てるんだよ?」
 何の意味が“WHY”“WHAT”かで質問の返事が変わってくるだろう。そんなおかしなことが頭を一瞬よぎり、そうじゃないと慌ててその考えを打ち消した。
 弁護士としては、それ以前に常識のある大人としてこんな言い争いを傍観しているわけには行かず口を開きかけ、
「あー、すみませんお客様」
 先ほどの店員が店から顔を覗かせて言った。
「すっごい迷惑なんでやるならよそでやってもらえます?」
 やる気のなさそうな口調で一同を見回して言った。
「暑いし。なんだったら営業妨害で警察呼びますよ」
 説得力のかけらも無い言い方だったが、座っていた娘達は多勢に無勢と判断してなのか立ち上がり逃げていった。
 ごみは残したままだけど。
 それを拾おうとすると、
「あー、いいですよ、お客様」
 店員がため息をつきながら言う。
「あとはやりますんで」
 それでも手伝おうかと思ったときに、携帯電話がなった。秘書の隅木さんからで、私は慌ててそれに出ながら店員に一礼してその場をさった。

『上泉先生、どこにいるんですか? 硯先生じゃないんだからはやく帰ってきてください』
 そんな小言を聞きながら、私は走った。
 どんなに暑くても、そして寒くても、仕事は待っていてくれないのだ。

    21:39 | Top

20/紅茶論(沙耶→上泉)

 紅茶を淹れる際、最も倖せを感じるのは、あのお湯を注いでから葉が開いていくの見ているときだと思う。
 気付かないといけないから、という理由で大抵の場合電子式のタイマーを使うことを推奨されているし、仕事場ではそちらを使っているけれども、家で時間があるときは砂時計を使う方が好き。
 砂が落ちていくのをゆっくりと眺めながら、時々味を確かめて、好みの濃さに仕上がるのを待つ、
 あの瞬間が一番好き。


 だから、あまり外では紅茶を飲まない。
 自分の好みではないから。
 ファーストフードとかでティーバックを淹れてからお湯を注いだり、会計を済ませているそのときに既にティーバックが入っていたりすると少しばかり泣きそうになる。そんな苦くなってしまうじゃない。


 だから、今日も仕事が終わって事務所に戻る前に寄ったこの喫茶店で、恥を偲んであたしは茶葉の種類を聞いた。
 返ってきたのは、昔からある有名なティーバックで、それならばと断ってマンゴージュースを飲むことにした。
 あのメーカーの紅茶は好きではない。なんだか美味しくない。紅茶はやはり、自分で淹れるのに限る。


 店内には、あたしの他に女性が一人とサラリーマンっぽい男性が二人。
 店員も二人。
 確か、この店は№050801で依頼にあがていた店だ。
 担当は円姉だから詳しいことはわからないけれども、こうやってあたりを見る限りたいした問題はなさそうだ。

——。
「いらっしゃいませ」
 新しい客がまた一人入ってきた。
 こうやって人間観察をすること、実は嫌いではない。
 その新しい人は、先ほどからいた女性を見つけると迷わずにそちらによっていった。
 待ち合わせなのかしら?
 友人という間柄ではなんだかなさそう。


 やっぱり、ジュースなんかよりも紅茶が飲みたい。
 この甘い味に閉口して、それでも全部のみ終わるとあたしは食器を下げて店をでた。
「ありがとうございましたー」
 報告書を出さなきゃいけないから、どちらにしろ事務所にはいかなきゃ。
 ついでに紅茶を淹れよう。
 新しく買った、パッションフルーツの香りのするお茶、あれがいい。
暑いからアイスにしようかなぁ。


そんなことを思いながら、あたしは真夏の太陽の下へ一歩踏み出した。
    21:37 | Top

19/変な来客(新・店長→沙耶)

「暇だねぇ」
「暇ですね。でも、お盆は毎年こんなものですよ?」
「そうなんだ?」
「そうなんですよ。特に夜は売上が4千円台とかで、明らかに人件費の方がかかりますしね」
「……そうなんだ」
「……。前の店長が言ってましたけど、売上減ると減給なんですよね?」
「そうなんだよ……。こっちにきてそうそう減給なのかなぁ、俺」
「……店長。げ、元気だしてください、ね?」
「うん……」
「しばらくしたら、また売上戻りますから」
「ありがとう、新條さん」

——。
「いらっしゃいませ。お決まりでしたらお伺いいたします」
「えっと、じゃぁアイスコーヒー」
「アイスコーヒー280円です。1000円お預かり致します。720円のお返しになります」
「アイスコーヒー失礼致します。ごゆっくりどうぞ」
「……」
「……」
「暇だねぇ」
「暇ですねぇ」
「ぶっちゃけ二人もいらないよね」
「そうですね」
「……そういえば、この間変な客が来たんだけど」
「ここの常連客は8割方変ですけど?」
「……新條さん、仮にも皆お客様なんだから。確かにその通りだけど」
「すみません。それで?」
「ああ、そうそう、その変な客。20代前半ぐらいだったんだけど、聞いてきたんだ。“豆は何を使っていますか?”って」
「……。」
「……。」
「……なんて答えたんですか?」
「業務用の……なんですけど、って」
「無難な解答ですね」
「そしたら、じゃぁいいですって帰っちゃった」
「……それは確かに変な客かも」
「でしょ?」
「あ、そろそろアメリカン落とさないと……。そういえば、豆、また変わりましたね」
「そうなんだよねぇ。まぁ、こっちは上に従ってるだけだし」
「正直、違いもわかりませんしね」
「そういうこと」


——。
「いらっしゃいませ」
「……すみません、紅茶って一体何の茶葉を……」
「え?あの、このティーバックなんですけど?」
「そうですか……じゃぁ、マンゴージュースをお願いします」
「お会計300円になります。丁度お預かりいたします」
「マンゴージュース、こちらから失礼致します」
「ごゆっくりどうぞ」
「……。」
「……。」
「変な客、紅茶バージョンですね」
「そうだね」
「事実この紅茶っておいしいとは言いがたいですよね」
「いや、俺にはわからないけど」
「やっぱり、安いから」
「そっか」
「……。」
「……。」
「暇ですねぇ」
「暇だねぇ」
    21:35 | Top

18/珈琲論(颯太→新・店長)

 お湯を細く、粉の真中部分よりゆっくりと「の」の字を書くように落としていく。
 粉がまんじゅううのようにふくらむのを確認すると、30秒ほど蒸らす。
 この瞬間が至福のときだ。
 粉の表面の泡が落ち始めたら、次のお湯を注ぎ始める。
 2回目、3回目とお湯の量を多くしていき、ジャスト4回目で終わらせることが出来た。
 最高だ。
 珈琲の香りが広がり、それがはいったことを確認すると、神崎颯太は満足そうに笑った。

 神崎颯太は珈琲マニアである。
 珈琲狂だと言い換えても差し支えない。
 食べなくても生きてける不死者ではあるが、だからこそ、珈琲に執着するのかもしれない。
 いつから好きなのか、覚えていない。
 少なくとも、人間だったときはそんな余裕はなかったから、不死者になってからだろうが。
 珈琲を飲む瞬間、生きていてよかったと、彼は思うのだ。

 やはり自分で淹れるのが一番美味しい。
 自画自賛かもしれないが彼は常にそう感じていた。
 以前行った喫茶店で、豆の種類などを問い掛けたが明確な答えが返ってこなくて失望した。高校の前にあるような、子どもを相手にした喫茶店なのだからしょうがないといえばしょうがないが。
 特に、チェーン店は駄目だ。
 同じ質問をしたら、
「……さぁ? 業務用のなんですけど」
 とか冴えない男が答えた。
 駄目駄目だ。
 尤も論外のなのはインスタント。
 香りがないじゃないか、香りが。
 彼の同族で一人、「簡単だから」という理由だけでインスタントを愛用するやつがいるが、何を考えているのか。
 段階を多く踏むことは一見大変そうに見えるが、だからこそ得られるものも大きいというものだ。
 だから、あいつはいつまで経っても青二才なのだ。子どもなのだ。

 珈琲は美容や健康にも役立つ。消化促進や二日酔い、脂肪の燃焼とか。
 まぁ、不死者である彼にはさして関係はないが。

 そんなことを思いながら、今日も、神崎颯太は至福のティータイムを送るのだった。
    21:33 | Top

17/小春日和の夏(小春→颯太)

 喫茶店、Indian summer。
 日本語にすると「小春日和」
「日本語であっても、英語であっても、本来の季節“冬”を感じさせないところが回りくどくていいわよね」
 Indian summerの常連客、甲斐上総はそういいながらアイスティーに口をつけた。
「mild autumn weatherともいうらしいよ」
 Indian summerのマスター、小春夏彦はそう答えた。
「どちらにしろ、冬じゃないのね」
「それはまぁ」


「マスター、ご馳走様〜」
「ああ、はいはい」
 目の前にある、和浦高等学校の制服を着た生徒が近寄ってきて言う。
「ケーキセットで……、530円ね」
「はーい」
 そんなやりとりを横目で見ながら上総はチーズケーキにフォークをさした。


「ご馳走様」
「はい」
 見慣れない制服を着た女子生徒がそういって勘定をすます。
 ちりん、
 鈴を鳴らしてその女子生徒がドアから出て行くと上総は首を傾げた。
「あの子、どこの子かなぁ?」
「さぁ? 知らない制服の子だけどね」
「珍しいね、そういう人がくるって」
 ほぼ和浦高校の関係者だけで成り立っている喫茶店のマスターは苦笑した。
「まったくだよ。……ああでも、この間もきたよ、見たこと無い人が」
「へぇ」
「20代前半かな? それぐらいの人だったが、ちょっと変だった。豆は何を使っているのか、とか事細かに聞いてきて」
 話しながら小春は眉をひそめる。
「……それは変だわ、珈琲マニア?」
「さあ? こっちがわからないようなことまで聞いてきて、正直泣きそうだった」
 そういっておどけてみせる。
 つられた上総も笑った。
「それにしても、夏休みは商売あがったりだ」
「皆休みだもんね〜」
「上総ちゃんみたいに用事も無いのにここまで来てくれる人も居るけど」
 そういうと上総は少し頬を膨らませた。
「違うわよ、あたしは図書室に用があったの」
「涼しいから?」
「……そうだけど」
 小春は少し笑った。
「一時期は野球部がよく来てくれたんだけど負けちゃってからは、ねぇ。三年生とかはもう引退だしさ。頼みの綱は、文化祭の準備の人間かな」
「お盆はお休み?」
「誰も来ないだろうしね、さすがに」
「ふーん」
 チーズケーキの最後のひとかけらを口にいれながら上総は相槌をうった。
「……。あたし、夏休みって嫌い」
 カウンターにつっぷして、上総が呟く。
「え?」
「夏休みなんて、つまらないもの」
「……」
「早く終わればいいのに」
「みんなとでかけたりは?」
「三浦殿は部活だし、主はおばあちゃん家だって」
「そっか……」
 何処にも行くあてのない少女は拗ねたように唇をとがらせた。
「夏休みなんて、本当嫌い」
 沈黙。
 居た堪れなくなって小春は何でもいいから何かを言おうと口を開きかけ、
 ちりん、
「あ、いらっしゃいませ」
 入ってきた客を見て、少し微笑んだ。
「こんにちは、やっぱりここにいたんだ、上総ちゃん」
 相模はそう言って、上総に笑いかけた。
 まだカウンターにほっぺたをくっつけたまま、上総は不機嫌そうに言う。
「北海道じゃなかったっけ?」
 相模は上総から3つほど離れた席に座り
「今日帰ってきたんだ。あ、小春さんこれお土産」
 カウンター越しに小春に紙袋を渡す。
「ああ、ありがとうございます」
「いつも上総ちゃんがお世話になってるから。……で、君は一体何をすねてるんだい?」
「別に、なんでも」
 そういって、まだ頬を膨らませながらも上総は起き上がる。
「相模も来ちゃったし、あたしはそろそろ帰る。春ちゃん、お勘定」
「はいはい」
 そのままお金を払って出ていく。
 ドアからでる瞬間、ちらりと相模の方を見た。
 少しだけ、笑っているように小春には見えた。


「我が儘な子で迷惑をかけるね」
 そんな上総の様子に苦笑しながら、相模が言う。
「いいえ」
 いつも通り、二人の関係を訝しく思いながらも小春は首を横に振った。
「上総ちゃんが来てくれるから、経営不振に陥らないし、楽しいし、いいですよ」
「なら、いいんだけどね」
 そういってから相模は、何も頼んでいないことに気付き、
「カフェラテもらえるかな、アイスで」
 小春は、営業用の笑みを浮かべて応じた。
「かしこまりました」
    21:31 | Top

16/真夏のお仕事ごっこ(生徒会長→小春)

 アタシはその日、生徒会の仕事で他の高校まで書類を届けなければならなくて、このくそ暑いのにふざけるなとは思ったけれども、それでもやっぱりアタシが生徒会長である以上、それは避けられないことで、しょうがないから、暑いなァと思いながら町を歩いていた。
 MDをカシャカシャ鳴らしながら歩いていると途中で人だかりを発見した。
 パトカーまでもとまっていて、これは何かの事件だろう。
 ちょっと早足で近づいたら、
「おい、さっさとガキはかえったっ!」
 そんな言葉が聞こえて、アタシはそちらをみた。
 制服をきたお巡りさんにつまみ出されている二人の男の子。
 アタシは少し眩暈がした。だって、よぉくしっている子たちだったんだもの。
「……志田君」
 思わず小さく呟く。 
 探偵同好会の部長であるところの彼はわいわいまだ刑事につかかっていった。大方また、探偵ゴッコをしているのだろう。彼の後ろでは、彼が特に可愛がっている探偵同好会の高坂君が必死に暴走する志田君をとめようとしている。
 どうしよう。
 一瞬、このまま他人のふりをして立ち去ろうという考えが頭に浮かんだけれども、彼がこうやって暴走することでこれ以上アタシの学校に傷をつけられても困る。
 そう考えると、ため息をつきながらアタシは早足で彼らに近寄り、
 げしっ、
 何の躊躇いもなく志田君の後頭部にけりを喰らわせた。
「生徒会長……」
 高坂君がなんともいえない表情でアタシを見てきた。
「お騒がせしました」
 そんな高坂君も、アタシの足の下で低くうめいている志田君も無視してアタシは刑事に笑いかけた。
「コレはアタシの学校の生徒なんで、こちらできちんと始末します。ご迷惑をおかけしました」
 そのまま刑事の返事を待たずに、志田君を引きずって歩き出す。周りの野次馬を一睨み、高坂君が、慌ててついてきた。


 志田君相手に、アタシの学校の品位を下げるなと文句を言ったあと、本来の目的のためにアタシは再び歩き出した。
 まったく、暑いのに余計な動きをしたから更に汗をかいてしまった。
 ああ、メイク落ちてないといいけど。
 電車に乗ると少し涼しかった。
 どうして、他県の高校にまで書類をわざわざ出向いて届けなければならないのか、そんなことを思ったときもあるけれども、それもこれも、アタシの学校の評判をあげるためなのだと思えば、何ら苦ではない。
 相手先の高校につくと、受付に笑いかけながら持ってきていた書類を渡す。
 ああ、暑い。
 アタシの学校は私立だから忘れていたけれども、公立高校には大抵クーラーなんてついていなくて、ああ暑い。この学校の生徒はよくこんな環境で勉強できるなぁと思う。ああ、だからこの学校の偏差値は低いのか。

 あまりの暑さに耐え切れなくて、どこかでお茶でも飲もうかと思っていたら、目の前に喫茶店を発見した。
 高校の目の前という特異な位置にあるその喫茶店にはいると、とりあえずアイスコーヒーを頼み、頬杖をついてそれがでてくるのをまった。
 夏休みなのにまばらに客はいて、でも全部高校生らしかった。
 特にカウンターに座った女の子がマスター相手に語っている。
「お待たせしました」
 出されたアイスコーヒーを消費しながら、この暑さの中帰るのもだるいよなぁと思っていた。
 アイスコーヒーの値段は280円。
 なかなか良心的な値段だなァとこの店の名前「Indian summer」と入った伝票を見ながら思った。
    21:27 | Top

15/真夏のお仕事(譲→探偵同好会)

 数週間前から起こっていた連続通り魔事件。
 死者は出なかったものの13人もの重軽傷者を出した事件の犯人が、今朝自首した。

「わかんないもんだね」
 上司が言う。
「なんで急に自首なんて」
 俺は黙って肩をすくめた。
 泣きながら電話で自分がやったのだと言われた。
「名乗り出ないと呪われる、か」
 上司が呟く。
「自分が怪我させた相手の夢でも見たんじゃないですか?」
「かもな」
 今はそいつのマンションを家宅捜索中。
 出るわ出るわ。
 犯行に使ったと思しき、ハンマーが血のついたままで、犯人がつけていた仮面も。
「クロ、ですね」
「だな」

 最近、何故だかこんな事件が多い。
 迷宮入りするかと思われた事件の犯人が突然自首してくる。
 言うことは同じ“呪われる”
 どうなっているやら。
「世も末だねぇ」
 上司のぽつりと呟いた言葉に、俺も素直に一つ頷いた。


 外にでると、制服警官と少年二人が言い争いをしていた。
 言い争いというか、少年が勝手にまくしたてている。
「ああ、またあいつらか」
 一緒にいた鑑識の四月一日のじぃさんが言った。
「知ってるんですか?」
 尋ねてみると、
「ああ、よく現場にくるんだ。探偵ごっこかなんかのつもりなんだろうけどな」
「へぇ」
 言われてみると、確かに二人は制服警官につまみだされたみたいだ。
「部長、もうやめましょう、帰りましょう」
 背の低い方が高い方へそう言っている。高校生ぐらいなのに、探偵ごっこねぇ。幼稚な遊びをしたもんだ。
「この暑いのにご苦労なこって」
「まったくだなぁ」
 俺の言葉に四月一日のじぃさんが頷いた。
「まぁ、夏休みだからこうやって顔を出せるんだろうよ。休みが明けたらまた姿を消すさ」


「笹倉、戻るぞ」
 既にパトカーに乗りこんだ上司の言葉に、
「あ、はい」
 二人から慌てて視線を逸らし、そちらに駆け寄った。
    21:24 | Top

14/真夏の夜のお仕事(上総→譲)

「何だったんだろうな、さっきの」
「どちらですか?」
「両方だよ。あの笑い声も小娘も」
 黒猫と鴉がそう会話する。
 闇にどうかした彼らは、ぱっとみ何処にいるのかわからない。
「……暑いですからね、最近」
「お前も対外酷い奴だよな」
「あの笑い声もそうですが、あのような真っ赤な洋服を着ている人間がまともだとは思えません」
「ああ、それは同感だ」

「シャドー、ファントム」
 闇の向こうで二人を呼ぶ声がする。
 一匹と一羽と同じ漆黒のドレスを身にまとった、彼らが主が言った。
「そろそろ行くわよ」
「了解」
「わかりました」
 一匹と一羽は、彼らが主の足元に擦り寄った。

 *

「今晩は」
 主は裾をつまんで一礼した。
「……君は誰だ?」
 家の持ち主が訝しげな顔をした。
「人は魔女と呼びます」
 そして、持っていた杖を彼に向けていった。
「貴方の罪、狩らせて頂きます」
「罪?一体何?」
 彼はおどけた調子で言う。
「連続通り魔事件、ですよ。そんなこと、貴方が一番わかっているでしょう?」
「証拠は?」
「そんなものありませんよ」
 魔女は言い切った。
 彼は、ふんっと鼻で笑った。
「ならば、僕を責めることは誰にも出来ないさ」
「そうですね。法では裁けません」
 魔女は首肯した。
「法で裁けないからあたしがいるのですよ」
 そう言って、嗤う。
「昔から、魔女は罪を狩ってきたんです。それが」
「人を呪わば穴二つ」
「法で裁けないからと言って、野放しにするわけにはいかないんですよ」
 一人と一匹と一羽は言った。
 彼は黙った。
「よろしいですか? 何か言い残したことはありませんか?」
 魔女が尋ねる。
 彼は何も言わない。
「でしたら、」
「……僕は死ぬのか?」
「いいえ」
 魔女は首を横に振った。
「貴方は自らの罪を認めて警察へ自首するんですよ」
「誰がおまえなんかを楽な方へ逃がしてやるものか」
「罪をきちんと償ってください」
 一人と一匹と一羽は言った。
 彼は何もいえなかった。

「それでは」

 魔女は杖を頭上へ持っていき、

「貴方の罪、狩らせて頂きます」

 そのまま振り下ろした。

 *

「帰りましょう」
 彼が気を失ったのをみると、魔女はそう言って立ち上がった。
「明日の新聞が楽しみね」
 自嘲気味にそういうと、窓からそっと飛び降りた。
 一匹と一羽は黙って後に続いた。
    21:23 | Top

13/暴走自転車と怪(エミリ→シャドー・ファントム)

「ははははははは」
 どこからともなく聞こえてくる、その愉快なんだか不愉快なんだかわからない笑い声に、エミリは思いっきり眉をひそめた。
 少なくとも、エミリにとってその笑い声は不愉快だった。

 *

「非常に言いにくいのだが」
 研究班・B班班長は淡々と言った。
 本当にいいにくいと思っているのか?
「実験№B019が逃げた」
 その言葉を聞いた瞬間、考えもせずにエミリは言葉を紡いでいた。
「またですか」
「言わせてもらえれば、この間の失態は」
「G班の失態ですね。ですが、研究班という大きなくくりのなかではまた、ですよ」
 先日のG016の脱走劇は記憶に新しい。それの追跡を担当したのもエミリだった。
 ちなみに、G016は今ではマオという名前を得て神山隆二、嘗ての実験№U078の元で居候している。
 17の小娘にあきれたように言われて、B班班長は不愉快そうな顔をした。
 でも、失態は失態だ。
 エミリはそう思った。
 失態を演じるのも、他人の失態を見るのもエミリは嫌いだった。
「能書きはいいです。B019を連れ戻せばいいのですか?」
「いや、どちらにしろあれは廃棄処分にするから、消してもらって構わない」
 基本的にエミリは感情を顔に表さない。
 だから、このときも眉一つ動かさなかった。
 しかし、G016事件の時以来、神山隆二に諭されて以来、彼女の中で生まれた名前も知らない感情が小さく叫んだ。
 ——神山隆二ならこんなとき、どんな反応をするだろう?
「わかりました」
 小さな叫び声など黙殺し、エミリは首肯した。
「それで、B019はどのようなものなのですか?」
「……非常に言いにくいのだが」
 さっきと打って変わって、B班班長は本当にいいにくそうに言った。

「笑いながら走る自転車なんだ」

 *

 基本的に、同じ研究所内とはいえ部署や班毎にて敵対感情や順位付けがあるものだ。
 特に研究班の人間は派遣執行官のことを軽蔑してる節がある。
「こいつらに言ったって理解できないさ」
 そういう論理で深くは説明しないことがある。
 だから、今回も説明は特になかった。
 必要な情報だけだった。
 だが、しかし、
「秘密主義もここまでくるとはね」
 どこからともなく聞こえてくる不愉快な笑い声に眉をひそめたままエミリは言った。
 笑いながら走る自転車なんて奇怪なもの、どうしてつくる気になったのか、それぐらい教えてくれてもいいではないか。
 レーダーで自転車の位置を確認する。
 一定の範囲内でしか走れない自転車は、毎夜毎夜23時頃に河川敷の側に現われ、そこからまっすぐに(無論言葉のあやだ。実際にはまっすぐな道などではない)先日新しく建設された高層ビルを目指す。そして、高層ビルで力尽きるのか消え去る。そして、また次の日に河川敷から現われる。
 一体、何がしたいのだろうか。
 例の高層ビルの下で待ち伏せしながらエミリは思った。


「この辺でいいのか?」
「ええ」
 話し声が聞こえて、エミリは咄嗟に植え込みのあたりに隠れた。
 二人の若い男が話していた。
 耳を澄ます。
 会話から察するに、二人は自分と同じような人間なのだろう。
 つまり、B019を廃棄処分にする、彼ら二人の言い方をするならば祓うために現われた人間。
 イレギュラーにエミリはしばし悩み、結局廃棄処分にするならば誰が手を下しても同じだろうと結論付けた。あの二人がB019を祓ってくれるならば、エミリには別に異論は無い。

 しかし、二人はなんだかもめているようだった。一方は話し合いを望んでいるようで、エミリは知らず知らずに口元をゆがめていた。
 その二人がまるで、G016事件の時エミリと神山隆二に見えたからだ。
——もしここに、神山隆二がいたならばどういう反応をするだろ?

 いざとなったらすぐに飛び出せるように銃を持ちながら、エミリは二人とそれからB019の様子をうかがった。

「止まれっ!!」
「はははははは」
「タイムリミットですよ」
 がっしゃん

 足でB019を押さえつける。
「はははははは」
 B019はそれでも笑っていた。
 エミリはふぅ、とため息のような吐息を吐いた。
 B019は、彼女の知っているG016とは違う。
 G016は、マオは、自分の意志で行動している。そのことは、研究班としてはイレギュラーではあるけれども。
 もし、彼女が蹴り倒されて足で地面に押し付けられたら、笑うなんてことないだろう。恐怖で泣くか、驚くか、逃げようとあがくか。どれかわからないが、笑いはしない。
 何よりも、神山隆二がそれを許さない。
 しかし、B019は笑っていた。
 それは、自我がないからだ。
 嗤って走るだけの存在。
 そう考えて、その考えに自分が安堵していることに気付いた。
 そのことが酷く滑稽に思えて、
「はははは」
 B019と同じように、
 愉快とも不愉快ともとれる笑い声をあげて彼女は笑った。

 向こうでは、B019を祓い終えて、自転車をつれて立ち去ろうとしていた。
 あの自転車は回収したほうがいいだろうか? いや、でもそんな指示はなかった。
 そう思って、エミリは彼を追うのをやめた。
 面倒なことはしたくなかった。
 彼女はゆっくりと立ち上がった。

 *

「なんだったんだ、さっきの愉快な笑い声は」
「私にはあの笑い声は不愉快に聞こえましたが?」
「それはお前が堅物だからだよ」
 とぼとぼと歩いていると、そんな話し声が聞こえた。
 あんなに大声でB019は笑っていたのだ。それも数日前から。もう噂は広まっているだろう。
 こうして研究所はまた新しい都市伝説を作り出したのだなぁと思った。
 そんなこと今更だ。
 口裂け女も人面犬も研究所が作り出したものだ。逃げ出したり実験のために外に放したり、理由は様々だけれども。
 今回は期間が短かったから、さほど噂にはならないだろう。
「貴方が軽いだけですよ」
「しかし、ははははなんて愉快だろうが。どんな馬鹿なんだろうな」
 そう思いながら、話していた人物の顔を見ようと視線をさまよわせた。
 しかし、そこには誰も居ない。
 そこに居たのは、一匹の黒猫と一羽の鴉だった。
「え?」
 猫と鴉が話していたのだろうか?
 また研究班が何かしたのだろうか?
 そう思いながら一匹と一羽をみる。
 一匹と一羽はそれぞれ、
「にゃー」
「かぁ」
 と鳴いて、それぞれ別々に闇へ消えていった。
 エミリはしばらくその闇を見つめ
「はぁ」
 ため息をついてもう一度歩き出した。

 あの一匹と一羽がなんであれ、もう関わる気力は残っていなかった。
「暑いわね」
 代わりにそう呟いた。
    21:21 | Top

12/暴走自転車の怪(直純・巽→エミリ)

「なんで直純さんなんですか」
「ご挨拶だなぁ、翔君」
 巽翔はこれ見よがしにため息をつき、隣の男に言った。
「一海との合同だっていうから、てっきり円さんが来るのかと」
「期待に添えなくて悪かったな」
 一海直純は思いっきり眉をひそめて言った。
「……。円は用事があるんだと」
「……そうですか」
 直純が一拍の間を置いていった言葉に、翔はその予定の大体を悟った。つまり、男がらみだと。
「……そう落ち込むな」
「直純さんに言われても」
「どういう意味だ」
「そういう意味です」
「片思い仲間じゃないか」
「正直、直純さんと仲間にはなりたくないです。というか、榊原と同盟組んでるんで」
「……ほぉ」
 わざとお互いを挑発するようなことを言いながら、二人は夜の町を歩く。その内容が恋愛がらみというのが、些か明るすぎる気もするが。

 *

 一海と巽の合同捜査。
 数日前から出没する暴走自転車を調べるもの。夜中にははははっと愉快なんだか不愉快なんだかわからない笑い声をあげて猛スピードで走りさる自転車を調べろ、と。
 なんだ、その愉快なんだか不愉快なんだかわからない存在は。
 翔は最初、巽の宗主……つまり父親から聞いてそう思った。
 それでも、素直に引き受けたのは一海との合同捜査だからで。絶対に、あちらも宗主の娘をだしてくると思ったからだ。
 愛しの愛しの一海の女王様、を。
 それがまさか、馬の合わない一海直純を出してくるとは思わなかった。
 一海円が女王ならば、一海直純は騎士だ。王だとか王子だとか、そういう柄ではない。
 そして、巽翔は知っていた。
 一海の女王が呼ぶように、自分がお坊ちゃまでしかないことを。

 *

「しかしまぁ、そんな奇怪な自転車が本当にいるのかね」
「さぁ?まぁ、夏ですし」
「ああ、そうだな。夏だもんな」
 怪談の季節、夏。些か仕事は多くなる。
「しかし、夏だからと言って……」
「はははははははっ」
 愉快なんだか不愉快なんだかわからない笑い声が直純の言葉をさえぎった。
 二人は顔を見合わせると、そのまま走りだした。


「当たりだとは思いませんでしたよ」
「俺もだよ。っち、声はするのに姿は見えないな」
「資料によると、猛スピードで移動しているそうですからね。先回りするぐらいじゃないと」
「普段はどこで消えるんだったか?」
「高層ビルですよ、ほら、あそこの。あの下でいつもは姿を消すらしいですけど、っていうかそれぐらい覚えておいてくださいよ」
 翔の文句に耳を貸さず、直純は
「じゃぁ、あの手前で待ち伏せするか」
 そう言ってスピードをあげた。
「人の話ぐらい聞いてください。まったく一海の血筋なんですか? 話を聞かないっていうのは」


 *

「ところで直純さん」
 その、ビルの少し手前辺りで待機しながら翔が聞いた。
「どうするつもりなんですか?」
「どうするって?」
「僕は巽の人間ですから、本来ならば容赦なく祓います。ですが、これは一応合同捜査なので一海の意向も伺おうかと。あの自転車がここに来て、そしたら、どうしますか?」
「……話して」
「話が通じると?」
「……いや、わからない、な」
 一海直純は巽翔が苦手だった。
 それはこの、冷酷ともとれる目だった。じっと、こちらを見てくるその目が、小さいころから苦手だった。自分の方が、ずっと年上だというのに。
 睨むわけではない、たたみるだけ。
 それでも、にらまれたような気分になる。

「はははははは」

 遠くから、あの笑い声が聞こえてくる。
「答えを出してください」
 そうしないと、力ずくで祓うとその目が言っている。

「はははははは」

 なんて不愉快な笑い声だ。
 直純は心の中で吐き捨てた。
 考えがまとまらないじゃないか。
 一海の方針としては、出来るだけそのものの未練や望みをきいて、それを取り除くことで自主的に還ってもらうこと。
 だけど、あんな不愉快な笑い声だけをあげている自転車に、話なんか通じるのか? 未練も何もわからないのに? そもそも、なんでいるのかもわからないのに?

「はははははは」

 ああ、五月蝿い。
 一海の本家の人間としては、試さないで逃げるなんてことできない。
 出来ないが、話し合いを試そうとしている間にこの巽翔という人間はあの自転車を祓おうとするだろう。そういう人間だ。彼は。
 最近、以前よりも話が通じるようになったから忘れていたけれども、そういう人間だ。人外のものを嫌っている節がある。潔癖なまでに遠ざけようとしている。こうやって、直純に考えを聞いているだけでも大人になったというものだ。

「はははははは」

 だから、五月蝿いっつーの。

「直純さん」
 必死に宙を睨んで考えていた直純に、翔は無表情に告げた。
「タイムリミットです。答えは出ましたか?」
 翔は身構えながら、予想以上のスピードで迫り来る自転車のライトを睨んでいた。
 直純はそれを見て、半ば捨て鉢に叫んだ。

「止まれっっ!!」

 翔よりも一歩前に出て。
 両手を広げて。

「直純さんっ」
 翔が僅かに慌てたような声をだした。

「はははははははは」
 自転車は止まる気配を見せない。


「いいから止まれーっ!!」


「ははははは」
 もう、自転車は目前で、

「すみません」

「っ」
 突き飛ばされた、直純がそう感じた次の瞬間、
 がっしゃんっ!!
 何かが倒れる音。

「はははははは」

 体を起こして目を凝らすと、地面に蹴り倒された自転車がそれでも笑っていた。
 その姿に、一瞬ぞっとした。

「これでも、まだ話が通じるとお思いで?」
 自転車の足で押さえつけるようにしながら、翔が馬鹿にするように笑った。
 そしてそのまま、持っていたお札を自転車に押し付けた。

「……」

 その顔が、一瞬だけ歪んだような気がしたのは、きっと光の加減だと直純は信じた。

 *

「これは僕がとりあえず持って帰りますので」
 ただの自転車になったそれを起こしながら翔は言った。
「……ああ」
「それでは、失礼します。報告書は、明日辺り事務所のほうへ持っていきますんで」
 そういって翔は一礼して、自転車を押しながら歩いていく。
 直純は何も言わないでその背中を見送った。突き飛ばされたときにうった、右腕が痛いと思いながら。

「あ、そうだ」

 途中で翔が振り返った。
「さっきは突き飛ばしてしまってすみませんでした」
 それだけ言って、直純の返事も待たずに、また歩き出す。
 少し驚いて、直純は翔を見た。
 振り返らない。
 そして、その姿が角を曲がって消えたときに、

 ふぅ、

 一つため息をついた。
 妙に疲れた。
 これが円や沙耶だったら、もっと上手く出来たのだろう。
 少なくとも、突き飛ばされるなんていうことはなかったはずだ。
 一海の女王と姫を思い浮かべて、騎士は情けない笑みを浮かべた。

「はははは」
 愉快とも不愉快とも思える嗤い声をあげて、
 一海直純は、
 一海の騎士は、
 宙を睨んだ。

 *

 本当にこれでよかったのか。そう思った。
 この自転車に憑いていたのがなんなのか、彼は知らない。
 それでいいと思っていた。前は。
 今は、どうだろう?
 少なくとも、少し気になっている。

 もし、円や沙耶だったら、翔の暴走を防いで、なおかつ自転車の未練を聞いてくれたことだろう。
 少なくとも、直純を突き飛ばすなんていうことはなかったはずだ。
 一海の女王と姫を思い浮かべて、お坊ちゃまは情けない笑みを浮かべた。

「はははは」
 愉快とも不愉快とも思える嗤い声をあげて、
 巽翔は、
 巽のお坊ちゃまは、
 宙を睨んだ。
    21:17 | Top
 
 
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