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表立って載せるほどではない小噺と、あとがき。 その他キャラ設定などなど、徒然なるままに書き連ねるページ。 

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11/夏ボケにはご注意を(麗華→直純・巽)

 お盆も間近のこの真夏日。
 お盆は法廷も休みだからどこか皆気だるげで、こんなときに判決言い渡しだ何てかわいそうだなぁとか少しばかり被告に同情した。
 執行猶予中の窃盗事件。生活費に困ったから民家に進入し、現金数万円を盗みましたなんて、そんなしょうもない。働きもしなかったくせに、生活費に困ったとか言うなって。確かに前科者に世間の風当たりは冷たいけれども、そもそも就活しないで職にありつけると思うな。アルバイトぐらいしないさいよ。
 ああ、こんなこというから頭が固いとか思われるんだろうけど。
 そんなことをつらつらと思いながら、裁判長の入廷を待つ。


 ふと、視線を感じて傍聴席を見ると、なんだか凄い形相で一人の女の子がこちらを見てきた。制服から察するに高校生だろう。
 ああ、またこの子か、と思う。
 どういうわけか、初公判からずっといるんだけど、なんなのかしら? ちょっと怖いんだけど。
 彼女のとなりの子は舟を漕ぎ出している。でも、時々はっと目を覚まして、自分は寝ていないと主張するかのように座りなおすのが可愛らしい。
 それにしても、アンバランスな組み合わせね。
 女子高生はこちらを睨むようにしてみてくる。
 誰かに、似ている気がした。

 *

「ああ、そっか」
 思わず小さく口にだした。
 帰り道、すっかり暗くなった道を歩いていたら唐突に思いついた。
 先ほどの女子高生が誰に似ているのか。
 今は弁護士の硯さんだ。
 あの娘が弁護士になる前には、あんな顔をしていた。いつも。きっと、前だけを見据えて、絶対に、何が何でも、自分は弁護士になるのだと、体全体で主張していたあのころの硯さんに。軽く唇をかんだあの顔、そっくりだった。
 検事になりたいのか、弁護しか、裁判官か。いずれにしても法曹三者になりたいのだろう。頑張って欲しいものである。
 でも、あまり頑張りすぎない方がいいと、忠告したい。
 硯さん、彼女は一度も弱音をはかなかった。でもそれは、はけなかったのであり、弱音をはくことを自分に許していなかったから。だから、はたから見ていて彼女はとても追い詰められていた。勿論、……彼女よりも年上の私の方が追い詰められては居たのだけれども、それはともかくとして、それとはまた違った意味合いで。
 背負っているものが違うから。
 ……人から聞いただけの私が、訳知り顔をするのは違うと思うけど。
 彼女は弁護士になりたかったのではない、ならなければいけないと思っていたのだ。だからあんなに自分を追い込んでいた。
 幸いにして……と言っていいのかどうかは非常に疑問だが、彼女にはあの似非探偵がいた。ああ、あのころはまだ探偵じゃなかったけれども。だから、彼女は頑張れたのだと思う。でも、それでも見ていてとても危なかった。だから、あの女子高生にもそんなに無理をするなといいたい。
 そう思いながらも、いつか法廷であの子と会うことがあったら楽しいだろうなぁと思った。


「はははははははっ」
 そんな愉快とも不愉快ともとれる笑い声が聞こえてきたのは徒然にそんなことを考えていたときで、
「?」
 甲高いその笑い声は確実に後ろから迫ってくる。
 こんな夜にそんな笑い声を立てるのはいったいどんな人間かと思い、眉をひそめてその姿を見極めようと後ろを向き、
「はははははははっ」
「はいっ?」
 そこにあったのは一台の自転車で。
 そこにはだれも居なくて。
 自転車は笑い声をあげながら、誰も乗せないで走り去っていった。凄いスピードで。

 沈黙。

 ドップラー現象を残して立ち去った自転車をただ、呆然と見送る。
 ああ、私、疲れているのかしら?
 暑いし。
 きっと、そうだ、そういうことにしておこう。
 そうやって自分を慰める。
 だって、誰も乗っていない自転車が笑いながら猛スピードで走るわけないじゃない。
 きっと、誰かが乗っていたのに気付かなかったんだ。
 じゃなかったら、あれ自体幻だったとか。
 はやく帰って寝よう。
 そう結論付けて、私は家路へと急いだ。

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    23:41 | Top

10/お仕事見学(桜子→麗華)

「猫、可愛かったんです」
 そう言って笑う後輩を、好ましく思う。
 年に数回しか着ない、制服の裾をひらひらと躍らせながら後輩は歩く。
 自分はというと、滅多に着ないスカートなんて着ているものだから違和感を感じてしょうがない。
「委員長は猫、好きですか?」
 そう聞かれて、少し悩む。知り合いの探偵同好会の彼ならば間違いなく「三毛猫ホームズならば!」と答えるところだろう。それとも、あれをミステリとは認めないかもしれない。
「それとも、犬派?」
 更に質問を付け足される。
「どうかしら? ……小鳥は、好きね」
 質問とはずれた答えを返しても、後輩は特に気にした様子を見せずに、
「小鳥。小鳥も可愛いですねー」
 なんて言っている。
 そんなことを言っていたら、目的地はもう目の前で、知らず知らずのうちに、設楽桜子はぴんっと背筋を伸ばしていた。



 裁判の傍聴に行く。
 桜子はそれが好きだった。
 いつか自分もあの場所に立つのだと、ずっと心に決めていた。
 そして今日は(時には学校をさぼってまで)ずっと追いかけていた事件の判決日なのだ。
 少し、気合が入る。
 他愛も無い、と言ってしまったら被害者に失礼だが、何処にでもある窃盗事件。前科二犯。執行猶予中の出来事。
 この事件を傍聴しようと思ったのは、新聞記者である父親が「立ち直る犯罪者」と言ったような内容でコラムをかいていたときに、この被告からもインタビューをとったからだ。
「ええ、反省しています。被害者には本当に悪いことを」
 反省なんてしていなかった。そのインタビューの三日後に、今回の事件を起こした。「見破れなかった」と父親がひそかにしょげていたのを彼女は知っている。
 女子高校生らしく、ある程度は父親のことを煙たく思っている。それでも、仕事に誇りを持っている父親を尊敬している。だからこそ、許せなかった。


 そしてもうひとつ、
 ぴんっと背筋を伸ばして座っている、女検事を見る。
 あの女検事に惚れたからだ。
 あれこそ、設楽桜子が望んでいる女性像だった。
 だから、彼女は、初公判から今日までずっと、この事件を追いかけていた。


「実際の法廷を勉強することも大切です」
 検事委員会の後輩にはそう言ってある。
 もっとも、その後輩 古田朝陽は先ほどから眠そうな顔をしているが。


 女検事の横顔を見る。
 いつか並んでやる、と強く思った。
    23:38 | Top

09/猫と彼女(シオン→朝陽)

「おいでおいで」
 人間の、それも若い女というものはどうしてこうなのだろうか?
 それでも、素直にその伸ばされた手のほうへ歩いていく。
「にゃー」
 そういって鳴いて見せれば、可愛いと言って抱き上げる。生まれてからずっと何度となく繰り返されてきたこと。
 ただ、そのとき違ったのは
「野良……じゃないね、きっと」
「ええ、野良じゃありませんよ」
 呟かれた娘の言葉に相模様が返事をしたこと。
 私はびっくりして相模様を凝視する。
 そんな気まぐれ、今まで起こしたことなかったのに。いつもは私が解放されるのを離れたところで無関係な顔をしてみているだけなのに。
 二人は少しばかり話をして、そのあと娘の連れが来たので別れた。
「出過ぎた真似かと思いますが……どういう風の吹き回しですか?」
「出過ぎた真似だと思うならば控えたらどうだ?」
「……失礼しました」
「別に、ただの気まぐれだ」


 あれは、今からどれぐらい前だろう?
 その後も、相模様のあんな気まぐれを見たことは無い。
「おいでおいで」
 例えば、今でも。
 制服を着た娘が、こちらに手を伸ばしてくる。上総様と同じぐらいの年。素直に歩み寄れば、何時もと同じように可愛いという言葉。
 やれやれと思いながら、にゃーと鳴いてみせれば、頭を撫でられる。
「朝陽さん」
 少し離れた場所で、こちらも同じ制服を着た娘が言った。
「あ、はーい」
 娘は私を地面に降ろすと、ばいばいと手を振ってかけていった。
「……いつもごくろうなことだね」
 その後姿を見送っていたら、相模様が寄って来た。
 見ていたならば、助けてくださればよかったのに。
「相模様」
「なんだい?」
 私は近くに止めてあったバイクに飛び乗りながら尋ねる。
「覚えていらっしゃいますか? 以前、私が同じような状況に陥ったとき、一度だけ、その娘に話し掛けたことがあったのを」
 相模様はヘルメットをかぶりながらしばし黙考し、
「そんなこと、あったか? いや、シオンが言うならば間違いは無いと思うが……それが、どうかしたか?」
 それをきいて、ああやはりあれはただの気まぐれだったのか、と思った。
「いえ、覚えていらっしゃらないなら結構です。少し、思い出しただけなので」
 相模様はそうか、とだけ呟くとエンジンをいれた。
「上総様のところですか?」
「ん、ああ」
 ヘルメットをかぶっているので相模様の顔は見えない。
 尤も、見えたところでその表情からは何も伺えないが。
 いったい、いつもどんな気持ちで、上総様のところに行っているのだろうか?
 そんなことを思う。

 ふわぁ
 思わず、一つ欠伸をすると、相模様が笑った。
 何時ものように相模様の足の間で丸まり、目を閉じる。
 いい加減なれたもので、この乱暴な乗り物でも眠れるようになった。
 猫は、思考するのには向いていないのだ。
    23:36 | Top

08/彼女と猫(茜→相模・シオン)

「ほら、おいでおいで」
「にゃー」
「あ、来た。君はいい子だね。可愛い。野良……じゃないね、きっと」
「ええ、野良じゃありませんよ」
「あ、貴方の猫、ですか? すみません、勝手に遊んでいて」
「構いませんよ」
「お名前は?」
「それは、わたしの? それとも」
「え、えっと、お二人の」
「お二人……ね。わたしは相模。彼は、シオンです。貴女は?」
「私は、茜。一条茜です」
「茜っ!」
「あ、隆二。今行く!」
「お連れさんですか?」
「ええ。それじゃあ、失礼します」
「ええ」
「じゃぁね、シオン君」
「にゃ−」
「それでは」

 *

「何してたんだ?」
「猫を見せてもらっていたのよ。シオン君っていうの。黒猫なのに目の下が小さい円状に白いの。泣きぼくろみたい」
「ふーん。……」
「何か気になるの?」
「いや……」
「隆二」
「……。気のせいかもしれないんだ。遠くからだったし。でも、あの人は……人間じゃない気がした」
「まさか、人間じゃないとしたらなんだというの?」
「だから、俺と同じような」
「でも違うのでしょう? 貴方の仲間じゃない」
「ああ、それは」
「だったらきっと気のせいよ」
「ならいいんだが」
「そうよ、それにね猫が好きな人に悪い人はいないわ」
「……はぁ」
「ちょ、何よ、今の!!」
「いや別に」
「別にじゃないじゃない、なんで笑ってるの! 隆二、隆二っ!」
    23:35 | Top

07/記憶(武蔵→茜)

 ああくそぅ、暑いなこのやろう。
 むしむししてるっていうかむわってしているっていうか、どうせ暑いならからっとした暑さを保てよ。ちくしょう。
 そんなことを思いながら、俺はてくてくと見慣れない街を歩く。
 年に2回の見回りの時期だから、全国津々浦々だ。
 北は北海道から、南は沖縄まで。って、日本は東西に長いからこの言い方ってあっているんかね?
 いや、別にどっかのくそやろうみたいに一度にまとめないでこまめに見回りしてもいいんだが、そういうのは俺には似合わないし。ああ、自分のキャラクターぐらい自覚しているさ。
 ああくそう、暑いなぁ。
 しかし、これでやっと残すこの東京と千葉と神奈川だけだし。
 正確に言うと、東京支部にはさっき顔だしてきたから、あとは千葉と神奈川だけだ。
 ちくしょう、憂鬱だなぁ。
 東京支部の支部長を任せている魔女には「武蔵様、もう少しこまめに顔を出していただきたく云々」とか長々と説教されたしなぁ。東京だけじゃない、どこに言ってもそういわれる。
 いいじゃんかよ、別に。上手くいってるんだから
 ああ、早く埼玉に帰りたい。
 そういえば、今ではすっかり埼玉に居座っているが昔はそうでもなかった。
 それこそ全国津々浦々に色々な場所を渡り歩いていたもんだ。
 それがどうして埼玉に居座るようになったかって、まぁ考えなくても理由は明白で、あの甲斐梓の子どもが生まれたからだ。
 そして、俺がその子どもの面倒を見ることになったからで。
 いや、正確に言うと面倒見てたのは俺じゃないけど。子ども世話なんてみたことないし。
 ああ、上総元気かなぁ。あのくそやろうが余計なことしてないといいが。まぁ、あのくそやろうは年がら年中余計なことをしているが、どういうわけか上総にだけは甘いし。
 ああくそぅ、暑いなぁ。
 我ながら上総にどうしてあんなにも執着するのかわからない。
 それは、あのくそやろうも一緒だが。

 前から歩いてきた若造が俺をじっと見てくる。
 あ? なんだよ。気持ち悪いなぁ。うわ、薄く嗤ってんじゃねぇよ、気持ち悪いなぁ。
 暑さで麻痺した思考回路は攻撃的なんだ。
 っていうか、あれだ。聴覚とか視覚とかそういうピンポイントに優れた肉体じゃなくて、どうせなら暑さなんか感じない方がよかったんだよ。
 ああくそぅ、暑いなぁ。

 そこまで考えて、立ち止まり、先ほどの若造を振り返る。
 後姿しか見えないが、確かいつかあった気が。
 ……いつだったか?
「カァ」
 近くのデパートの屋上で、からすが鳴く。
 ああ、小次郎、心配しなくても大丈夫。
 もう一度歩き出す。
 いつだったか?
 そうだええっと、他にもう一人男とあと女がいて、三人でしゃべりながら歩いていた……気がする。あれ? あれは違う人間だったか?
 だけど、こうやって少しでも覚えているからにはなんらかのインパクトがあったわけで、……ああ、少し思い出した。
 確かそのときもあの若造ともう一人の男は俺をじっと見てきたんだ。
 なんだよ、思い出しても気持ち悪いなぁ。
 ああ、でも、別人なのかも。
 だって、あれ、確かすっごい前だし。
 まぁ、いいやどうだって。
 他人のことなんて、気にしてもしょうがない。
 覚えておきたいことだけを、覚えておけばそれでいい。
 覚えておきたいことを忘れないように、要らない記憶は消してしまえばいい。
 覚えておきたいことの筆頭に、あの母娘がいることは我ながら、嗤ってしまうが。

 ああそれにしても、
「暑いなぁ」

    23:33 | Top

06/同類相憐れむ(京介→武蔵)

 その日も彼、神野京介は目的もなくふらふらと街を歩き回っていた。
 彼のこういう計画性のなさを、昔なじみで同族の神山隆二は責めるが、彼だって似たようなものだと思っている。むしろ、彼の方が計画性がないだろう。
 特に、アレは驚いた。
 今から、結構前の話になるかもしれないが、一人の人間の女に惚れて、そのままずるずると一緒に住んでいたのだから。
 計画性がないというか、自分がなんなのかわかっていない。
 結局、彼女も自分をも傷つけることになったのだ、馬鹿としかいいようがない。
 けれども、京介は隆二のそういうところが嫌いではなかった。
 馬鹿だなぁと思うし、面倒に巻き込まれたらそれなりに文句は言うが、それでもそういうところがあるからこそ神山隆二なんだよな、と思っていた。
 そして、同族の四人のなかでは一番、隆二が人間らしさを残しているだろうとも。
 そういえば、彼らの敵でもあり味方でもある、研究所のお嬢ちゃんことエミリに聞いたところによれば、最近隆二はまた同居人を得たらしい。もしも、幽霊でも同居人というならば、だが。研究所から逃げ出した幽霊を拾って、世話しているという。
 聞いた瞬間、まったくあいつらしいと笑ったものだ。
 しかも、結構可愛い女の子らしい。
 ふらふらと歩きながらそんなことを考えて、いっそ隆二とその幽霊に会いに行くのもいいかもしれないと思った。
 今はどこに住んでいるんだっけ?
 千葉とか行っていたような……。
 一度、エミリにあって住所を聞くことにしよう。

 考え事をすると少しばかり注意力が散漫になる。
「っと」
「あ、すみません」
 前から来た少年にぶつかりそうになって、慌てて立ち止まる。
 何かを真剣に考えているような表情の少年は、顔を上げると慌てて謝ってきた。
「大丈夫大丈夫。真剣な顔をして、悩み事か、少年」
「はぁ、まぁ」
「悩め悩め、若いっていうのはいいことだなぁ」
 そういってははははと笑う。なんだか、とても気分が良かった。真面目そうな少年だったからかもしれない。自分が軽い人間だと自覚している分、真面目な人間には好意を抱く。
「少年、俺が君ぐらいの年だったときはな、日本は戦争で貧困に喘いでたんだぞ。こんな平和の世の中で、悩めるっていうことは贅沢なんだ」
 そういって、もう一度笑うと歩きだす。
 歩き出してから、戦争だとか言ってあの少年は今ごろ悩んでいるかもしれないなぁと思い、もう一度笑った。


 その人にあったのは、それから少し後のこと。
 つまらなさそうな顔をして歩く、その人を見つけたとき、目を疑った。
「……」
 自分の同類は3人だけだが、この人も自分達と同じようなものだと悟った。人ではない、何か。
 でも、人にまぎれて生きている。
 お互い大変だ。
 そう思って、苦笑する。
 相手はじっと自分を見る京介に僅かに怪訝そうな顔をした。
 同類を感知する能力は無いのかもしれない。
 その人物の行く末に僅かでも幸福があることを祈って、彼は少し嗤った。

 それからまた、ふらふらと歩き出した。
 今度は、自分の同族に会うために。
「マオちゃんって言ったっけ? どんな子なんだろうなぁ」
 口の中で小さく呟いた。
    23:31 | Top

05/夏の幻(三浦→京介)

 所謂、霊感という奴なのかもしれない。
 そう思い始めたのはここ数年で、
「……。」
 東京に引っ越した友人に会いに来た帰り道、公園で話し合う男女を見た。
 が、
「……。」
 なんというか、多分、この自分の感覚を信じる限り男の方は人間じゃない。
 じっとみたら失礼になるよなぁと思っても、気になってゆっくりと横目で見ながらそこを通り過ぎる。多分、人間じゃない気がする。
 てくてくと、駅の方へ向かって歩きながらそう思う。

 小さいころから、
「今ね、あのおねーちゃんと遊んでたんだ」
「って、どこのおねーちゃん?誰も居ないじゃない」
 なんていう会話を繰り広げていたりもした。
 自分にとってはそれが普通だからあまり気にしなかったけれども、もしかしたら霊感という奴なのかもしれない。
 ただ、全部が全部見えるわけじゃなくて、誰かと接している幽霊しか見えない。
 気になって少し調べてみたところによると、幽霊っていうのは認知されるとその存在感を多少増すらしい。だから、ものすごい霊感とかがあるわけじゃなくて、普通の人よりもちょっと強いぐらいなんだろうなぁ、と思う。
 そんな取り留めの無いことを考える。
 あの女の人は、やっぱり彼が見えたんだろう。
 何の話をしていたんだろうか?
 陰陽師みたいなもの?
 自分の能力を活かせるというのは、とてもかっこいいことだと最近思う。
 自分には何が出来るだろうか?
 少なくとも、この能力なんていかせない。
 だからって何が出来るだろうか?
 サッカーだってちょっと高校の部活レベルで上の方にいるぐらいで、それで喰っていこうなんて思えない。
そんな度胸は自分には無い。
 何をしたらいいんだろうか。

「っと」
「あ、すみません」
 そんなことを思いながら歩いていたから、注意力が散漫になっていた。
 前から来た人にぶつかりそうになった。
「大丈夫大丈夫。真剣な顔をして、悩み事か、少年」
 その男の人は軽いノリでそう言った。
「はぁ、まぁ」
「悩め悩め、若いっていうのはいいことだなぁ」
 その人はははははと笑う。
 若いって言ったって、この人だって多分まだ20代。十分に若いんじゃないだろうか、と思う。もしくは、青い。
 それが顔に出たのだろうか。
 その人はにやりと笑った。
「少年、俺が君ぐらいの年だったときはな、日本は戦争で貧困に喘いでたんだぞ。こんな平和の世の中で、悩めるっていうことは贅沢なんだ」
 そういってもう一度笑うと、そのまま歩いていった。
 ……戦争って、明らかにあの人は20代。いっていても、30代前半。
 何を言っているのだろうか?
 今日は変な人に会うなぁ、と思う。

 ブルルル
 ポケットのケータイが振るえる。
 着信:甲斐上総。
「はい」
『はぁい、三浦殿〜?』
「甲斐さん、どうしました?」
『春ちゃんがね、新しいケーキ作ったからどうかって。今どこにいるの〜?』
「あー、今、東京なんですけど。自由が丘」
『はぁ? なんでそんなおしゃれなところにいるの。マジずるいんだけど』
 甲斐さんの声の更に向こうで、
『おしゃれなとこってどこー?』という長門さんの声も聞こえる。
『自由が丘だって。えー、じゃぁ、すぐには来れない?』
「そうですね。すみません」
『むぅ、まぁ自由が丘だもんね、優雅だもんね』
「中学の友人に会いに来ただけですよ。他に何を見たわけでもない」
『でも、雑貨屋さん見たいー、よし、今度案内してよ』
「え、甲斐さん?僕だってそんな詳しいわけじゃ」
『まぁまぁ、そういわずに。とりあえずさ、ケーキとって置くから来れたらおいでよ。ね、じゃぁね』
 そういって電話は一方的に切れた。
 そんな無茶苦茶な、と思いながらも、その電話に誘われるかのように、自分の足は自然に速くなっていた。


 暑い日は思考には向かない。
 可能ならば早く向こうにもどって、あの居心地のいい喫茶店で珈琲とケーキを楽しもう。
 そう思うと、自然に口元がほころんだ。
    23:29 | Top

なんでこんな人を

 目覚めはいいほうだという自信がある。
 大体いつも決まった時間になると目が覚める。
 だから今日もゆっくりと目を開けて、
「うわっ」
 何故か目の前にある男の顔に心底びっくりする。
 握られた手を解きながら、何故このような事態になったのかゆっくりと考えてみて、ああ、そういえば昨日の夜中、嫌な夢を見て自分が泣きついたのだと思い出した。
 そうでなければこの人がこの時間にここにいるわけがない。いつもの縁側でそ知らぬ顔をしてタバコをふかしているに決まっているのだから。
 珍しい寝顔を眺めながら、夜中のことを思い出す。
 嫌な夢を見て、飛び起きて……、考えてみたら、飛び起きて大きく息を吐いたら、知らない間に彼が後ろに立っていたのだから、泣きついたというの違うかもしれない。
 別に泣かなかった。もう、そんなに子供じゃない。
 誰に対するかわからないが、小さな矜持をもって弁明をする。 そう、あの時、頭上からかけられた「どうした?」という言葉には、心臓が飛び上がるぐらい驚いた。お願いだから、日常生活で気配を消すのはやめてほしい。
「あ、ちょっと嫌な夢を」
 そう答えると、「ふーん」と実に適当な答えを返された。
 それから彼は脇に腰を下ろし、胡座をかいて頬杖をついた。その一連の動作をぼんやりと、真意を測りかねて見つめていた。
 さっきまでタバコに火をつけていたのか、かすかにその匂いがして……
「寝ないの?」
「へ?」
 いきなり言われた言葉に、情けない言葉を返す。
「徹夜するつもりなら別にいいけど」
 しばらく彼を見つめて、ああ、寝るまでここにいるよっていうことかと理解した。
 いつものことながら、彼は言葉が足りなさ過ぎる。
「ううん、寝る。おやすみ」
「おやすみ」
 今夜二回目の台詞をいって、布団にもぐりこみ
 寝れるわけがなかった。
 目を閉じるとさっきの夢がまた現れて、意味もなくばたばたと寝返りを打つ。
 遂に諦めて顔を上げて、
「手、つないで。お話して」
「いくつですかお嬢さん」
 ねだると、そう即答された。
 ただ、彼は言ってから、ああしまった年齢の話なんてしなければよかったみたいな顔をしたので、その質問には直接は答えなかったけど。
「いいじゃない」
 もう一度ねだると、彼はため息をついて頬杖をつくのをやめて手を握ってくれた。
「お話ねぇ」
「そう、なんでもいいわ」
「……お話ねぇ」
 彼はもう一度つぶやいて、眉間にしわを寄せて何か話を思いつこうとしているようだった。その横顔を微笑みながら見つめて、結局、話を聞く前に寝てしまった。
 話は思いついたのだろうか? だとしたら、申し訳ないことをしてしまった。
 でも、そこで手を離して立ち去らないで、ずっとここにいてくれたことはとてもうれしい。
 そこまで考えて、「別に寝なくても死ぬわけじゃあるまいし」などと言って、一週間とか平気で起きている彼が——それ以上たつと、死ぬとか死なないとかそういう問題じゃなくて!と無理矢理寝かしつける。いや、本当に寝ているかどうかはわからないけれども——なぜ今日に限ってすやすやと寝ているのだろうかと思い、ひょっとしてこれは狸寝入りなんじゃないかと、顔の前で手を振ってみせる。
 起きない。
「りゅーじー」
 耳元で名前を呼んでみる。
 べしべし頭を叩いてみる。
 普段の彼ならばここまでしたら、絶対狸寝入りなんかやめるわけで、というか、今までに彼が狸寝入りをしたことがあるのかときかれたら、そんな無益なことをするような人じゃない、としか答えられない。
 どうやら本当に寝ているようだと結論付けると、畳の上に寝ている彼に、毛布をかけて朝食を作ることにした。
 お米を炊きながら、野菜を切って、お味噌汁も作って……。ひょいと、部屋のほうをのぞいてみると、どうやらまだ眠っているよう。
 ふと、生きているのかどうか不安になった。
 普段寝ないくせに、いや寝ないからなのかはわからないが、一度寝ると死んだように寝る。ちょっとやそっとでは起きない。
 彼に言わせれば「俺にどうやって生きたように寝ろというんだ」ということらしいが、それでもやりようはあるだろうに。
 近づいていって、顔を覗き込む。
 とりあえず、息はしているみたいで安心した。
 時々、「ああ、忘れてた」とかいう理由で息をしていなかったりする。あれもやめてほしい。頭ではそれでも彼は平気なのだと理解していても、びっくりするじゃないか。
 もうご飯もできたし、起こすことにする。
「隆二」
 名前を呼んで軽く揺さぶる。
 起きない。
 しばらくそうやっても、これといった反応がないので、
 げし、
 一発蹴ってみた。
 ちょっと、いい音がした。
「う〜」
 なんだか地獄のそこからうめくような声が返ってきて、毛布から腕が一本伸びてきた。
「あ〜」
「おはよう」
「……。ああ、茜か」
 ああ、茜かじゃない、とか一瞬思ったけれども顔には出さない。こんなことでいちいち真剣に腹を立てていたら、彼との円滑な会話は望めない。
「朝?」
「朝」
「……。」
 彼はまだ半分ぐらい寝てそうな頭で、布団の上に正座すると深々と一礼して言った。
「おはようございます」
「おはようございます」
 日ごろの彼からは考えられないあまりに丁寧な挨拶だったので、思わずこちらも一礼してしまった。
 彼は顔を洗ってくるとつぶやくと、裸足のまま、縁側から庭の井戸のほうへ出て行った。あの状態で井戸に落ちなければいいけど。
 でも、多分、落ちても自力で這い上がってくるだろうし、かえって目がさめていいかしら? なんて思いながら、食事の支度をする。
「水が冷たいー」
 水が落ちるぼたぼたという音と一緒に、子供じみた訴えが聞こえる。
 何故か全身ぬれねずみで帰ってきた彼は、それでも一応、目はさめたようだった。
「……顔洗いに行ったんじゃないの? なんで全身濡れているのよ」
「不可抗力」
 説明になっていない説明をかえすと、彼は何か拭くもの〜と訴える。
 子供じゃないんだから、と呆れながら、布と替えの服を渡す。水を拭いて解決する程度のものではない。
 やっぱり、寝ぼけた頭で井戸というのは問題があるのではないだろうか。水道があるんだから、それを使えばいいのに。
 彼は着替えを受け取るとびたびた足音を立てながら、庭から風呂場のほうへと移動する。その背中を見送りながらため息をついた。
 そして、ため息をついたら幸せが逃げるぞ、という彼のせりふを思い出して、それからでも急いで息を吸えば大丈夫、というせりふも思い出して、急いで息を吸った。
 ただ、それを言ったときの彼がやけに笑っていたことも思い出して、これをするたびにいつも思うことを今日も思った。
 私、騙されているのかしら?
 配膳しながら、そういえば最近はガスの炊飯器なるものが存在しているらしいということを思い出した。別にほしいとは思わないけれども。
 そもそも、今ここで生きていることだけで自分には十分で、それ以上を望むなんて滅相もない。
「おはよう」
 いつもどおりの少しぶっきらぼうな声が背中にかかる。
「おはよう」
 彼は濡れた服を変えるという考えには行き当たったらしいけれども、濡れた髪を乾かすという意思はあまりないようで、ぼたぼたと髪からしずくが零れ落ちる。
「隆二、畳が濡れるから」
 そういう問題でもない気もしたがそういうと、彼は「あー」と気のない返事を返してきた。
 苦笑して、彼を座らせるとわしゃわしゃと髪をふく。
 この奇妙な青年がいつまでここにいるのかはわからない。
 一生一緒にいたいとも思うけど、多分、自分が彼の立場だったら一生一緒にはいられない。
 彼が死なないということも、どうして彼がそうなったのかも、どういう気持ちで今まで生きてきたのかも、今までのことも、全部説明してもらった。
 それを聞いたときから、自分の年を数えるのはやめた。
 月日を深く確認するのはやめた。
 そして、神様なんていないのだと思った。いたらどうして、彼にだけこんなひどい仕打ちをするのですか?
 でも、時がたつのを認めなかったからといって、時が止まるわけではない。
 日々少しずつ変化して、あるときその小さな変化が大きな変化となって現れて、そのときに彼は絶対に寂しそうな顔をする。自分だけが置いていかれた子供みたいな顔をする。
 そんな彼が、いつか老いて死んでいく自分のところにずっといてくれるわけがない。
 きっといつか、辛くなってどこかに行ってしまうと思う。
 そして、そうなっても多分恨めない。
 ただ、少しだけ思うけど。
 なんでこんな人を愛してしまったのだろうかと。
 でも、今はこの小さな幸福を。

「今日はどうする?」
「猫にえさをやりに」
「それはいいから。わかってるから」
「……天気がいいからお布団干したい」
「うん」
「あとお米がなくなりそう」
「わかった。って、うわっ!」
 うなづいて、彼は何故か派手に彼はお味噌汁をこぼした。
「うわっ! ちょっと、隆二! 雑巾!」
「熱っ! うわ、豆腐が」
「熱いのぐらい我慢してよ。あ〜、もう、子供じゃないんだから。何やっているの。これ、着替えなきゃだめじゃない。洗濯物増やさないでよ。これ、自分で洗ってよ」
「そんなこといっても」
 何故か彼は本当に泣きそうな顔をしていた。
 自分の倍以上生きているのに本当に泣きそうな、情けない顔をしていた。

 なんてことをしていると、ついつい思ってしまうのだ。
 なんでこんな人を好きになってしまったのだろうかと。先ほどとは少し違う意味で。
 ひとつため息をつきかけ、慌てて息を吸い込んだ。
    23:25 | Top

君に伝えたいたった一つの言葉

 嗚呼、羨ましい。

 何度そう思ったかわからない。
 貴方は、自分が死なないことを嫌悪しているようだけれども、私にはただ、羨ましくてしょうがない。
 長く生きられないのだ、ということは、最初からわかっていた。もともと病弱な家系なのだから。それを疎ましく思ったことは、あまりなかった。
 だけど、

「こんなもの、放っておけば治る」
「そんなわけないでしょうっ! こんなにに血だらけで」
「五月蝿い。耳元で騒ぐな、餓鬼が」
「なっ!」
「一度しか言わないからちゃんと聞けよ? 俺は人間じゃない。よって死なない。怪我しても放っておけば治る。わかったら、その手を離せ」
 一番最初に会ったとき、頭から血を滲ませながら、当然のように貴方は言い放った。
 間抜けな顔をしている私に貴方は自嘲気味な笑みを見せた。
「もう少し端的に言うならば、物の怪ということだ」
 貴方は私が怖がらなかったことを不思議がったわ。
 本当はとても怖かったのよ。本当に物の怪だったら勿論のこと、そうじゃなくても少し頭がおかしいのではないかと思った私の事、一体誰が責められる?
 でも、それよりも、貴方がまるで置き去りにされた迷子のような顔をするから、私は放って置けなかったの。

 どうして、貴方みたいな人、好きになってしまったのかしらね?
 貴方は我が儘で自分勝手で、自分のことは何も喋らないで人にばっかり喋らせて、そのくせ、自分のことは二の次で、二言目には私の心配をして、置いていかれることに恐怖を抱いているくせに、私を置いていったりして。
 貴方みたいな難儀な人、どうして好きなってしまったのかしらね?
 こんなことを言うと、貴方は怒るか困るかのどちらかだろうから、私は何も言わなかったけれども、貴方と同じ体になれたらどんなにいいかと思ったわ。
 だって、そうしたらもっとずっと貴方のそばにいられたのに。
 貴方が私を置いて行くことも、私が貴方を置いて逝くことも、そしたらなかったでしょうに。
 でも、私は待っていると約束したわ。だから、例え幽霊になっても貴方を待っているのよ。
 ねぇ、隆二。
 ……いいえ、——。
 ちゃんと、帰ってきて頂戴ね?

 そして、私は呟いた。
 きっとどこかにいるはずの、貴方に向かって呟いた。
「貴方をいつまでも愛しています」
    23:24 | Top

「御前に選択権なんて無い」

 時々、ああ、本当に時々、自分がこうして存在していることを疎ましく感じることがある。ひとで“なし”としてこれ以上やっていくことに眩暈を覚えることがある。
 だって、そんなこと、ばかばかしいじゃないか。
 そんなことを隆二に言ってみたら、彼はふんっと鼻で笑った。
「今更そんなことを気にして如何するんだ? 馬鹿なのは今に始まったことじゃない」
『でも……』
「自分が存在していくのに誰かの承認が必要なわけじゃないだろう、別に」
『じゃあ、消えるのに誰かの承認が必要なわけでもないのでしょう? ならば、あたしが消えても隆二が文句を言えるわけ無いじゃない? 違う?』
 いっきにそうまくしたてると、彼は
「何を勘違いしてるんだ?」
 にやり、と笑う。
「御前に選択権なんてない。人に続けることを強要させておいて、自分だけさっさと消えようなんてむしが良すぎること、俺が許すとでも思ったのか? 絶対に許してなんてやらないな」
 そうやって、笑われたらあたしは何もいえない。
 大体、その答えをどうせあたしは望んでいたのだから。
 お互いが自分の感情がエゴだということを、きっとあたしたちは理解しながらも気づかないふりをしながらこれからもやっていくのだろう。
『何言っているの、隆二』
 あたしは目の前にある彼の笑みを自分の顔にうつして、笑う。
『貴方の方にこそ選択権なんてないのよ。あたしが貴方の言うことを、聞くとでも思った?』
 そういって二人で同じ笑みを浮かべて、にらみ合った。
 ううん、そんな綺麗なものじゃない。
 ただお互いのことを見ていただけ。
 あたしたちはお互いに自分の選択権を奪われながらこれからもやっていく。
 今のところお互いが選択するものが同じだから、不自由していないけれども、いつかそれがわかれるときが来るだろう。
 そのときが、この関係の終わりなのだ。
「違うな、御前に選択権がないんだ」
 隆二はどこか冗談っぽさを残して、冷酷に笑う。
 あたしも、隆二も、お互いから自分の望まない選択を奪い取って、自分の奪い取られた選択肢を力ずくで取り返して、そうしてわかれていく。
『違うわよ、貴方に選択権がないのよ』
 あたしも同じように笑った。
 もちろんそんなこと、あたしが許すわけないけれども。
「違うな」
『違うわよ』
    23:23 | Top

身内が死のうが誰が死のうが、

 呼ばれた。
 そう思った。
 直後、世界が揺らいだ。

 *

「茜っ!」
 慌てて手を伸ばし、倒れかけた茜を支える。
「茜!」
「……あれ?」
「あれじゃないだろうが、ばか」
 そう吐き捨てるように言って、目を細める。
「……隆二?」
「寝てろ」
 そういうと強引に隆二は茜を担ぎ上げて、家の中へと戻っていく。横顔がなんだか怒っているように見えて、茜は眉をひそめた。
 そもそも、何があったのかがわからない。
 庭で洗濯物を干していて、いつものように隆二がそれを縁側から見ていて、そして、“何かに呼ばれた気がした”
 そう、それで体の力が抜けて……。
 あれは一体なんだったのだろう?
「……ねぇ、隆二」
 彼は答えないで、布団を敷き、
「いいから、寝てろ」
 それを指差しながらもう一度言った。
「……でも」
「いいから」
 有無を言わさない口調で言われて、素直にそれに従う。実際問題、さっきからくらくらしてしょうがない。
 妙な疲労感があって、大人しく布団にもぐりこむと、一気に眠気が襲ってきた。
 意識が完全に消える前、見えた隆二の顔はやっぱり不機嫌そうで、でもどこか心配そうにゆがめられている気がした。
 それだけで、彼女は満足だった。

 *

 茜が完全に眠ったことを確認すると、音を立てないようにして立ち上がる。そのまま再び縁側の方へ行き、眉をひそめて舌打ちした。
 外に出ようとして、立ち止まる。
 残してきた彼女が気にかかり、後ろを振り返り、更に眉をひそめたところに
「何してんだ、隆二」
 声をかけられる。
「先生」
 垣根の向こうで茜の主治医が不思議そうな顔をしていた。
「ちょうど良かった。茜を頼む」
「何かあったのか?」
「あったにはあったんだが……、まぁ“こっち”の事情だし、まだ平気だから。とりあえず、見ててやってくれ。じゃぁ」
 いっきにそういうと、相手の返事を待たずに垣根を飛び越え、走り出した。

 *

 糸、が見えた。
 糸のような何かが、茜の首筋辺りから、どこかへ繋がっていた。
 そのどこかへ向かって走る。
 最短距離で。
 屋根から屋根へ飛び移る。
 何かが彼女の精気を吸い取っている。それだけはわかった。
 糸を伝って。
 その糸を抜き取ってやろうかとも思ったが、万が一にでもそれで彼女が死んでしまったら……、
 今はもう、あるはずのない心臓が痛んだ。
 もし、万が一にでも、彼女が死んだら。
 糸の持ち主を、殺すだけでは済まさない。

 糸の終点にたどり着いた。

 *

 “それ”は壷を持っていた。
 その壷の中には、いっぱいの人間の精気がたまっていた。
 あと、一人分だった。
 あと、一人分でよかった。
 そんなときに、彼は現われた。

 *

 穏便な手段をとる気なんて、毛頭無かった。
 糸がその壷に続いているのを確認すると、隆二は乗っていた木の上から飛び降りて、そのまま“それ”を蹴り倒した。
 明らかに“それ”は女で、子供だったけど、そんなこと関係なかった。それにどうせ、
「お前も人間じゃないしな」
 そういって嗤う。
「人形か? 人形がどうして人間の精気を集める?」
 壷を奪い取り、“それ”の上に足を乗っけたまま淡々と尋ねる。
 “それ”は何も言わない。
 その人形の表情は動かない。
「ああ、人形だもんな。しゃべれないよな。俺としたことが、とんだ失態だな」
 そういって嗤う。
 “それ”が黙って隆二が先ほどまでいた木の根元を指した。
「……ふん、そうか」
 そこに何があるのか確認すると隆二は頷いた。
「お前のご主人様が死んでしまったと。だから、生き返らせたかったと」
 “それ”が一つ頷く。
「へぇ、そうかそうか。だがな、俺にもっといい案がある」
 足に力をこめる。
「死ねよ」
 何かがきしむ音がする。
「ああ、壊れろよ、の間違いか? どっちにしろそうしたらご主人様のあとを追えるだろ、なぁ? 人形なら人形らしくしてろ。人形の分際で、茜に手を出すな」
 更に足に力をこめようとして、慌てて少し力を抜く。
「ああ、まだお前に壊れてもらうわけにはいかないんだ。なぁ、この壷の中のものを元に戻すにはどうしたらいいんだ?」
 糸はまだ切れていない。
 ゆっくりと、確実に、茜が死へと向かっていく。
 答えない人形に、答えられないのだと気付く余裕すらもう、実は残っていなくて、今度は胸倉を掴み、例の木へ押し付ける。
「なぁ、どうしたらいいんだ?」
 そうやっていいながらも、今の自分の顔は絶対に茜には見せられないことを自覚していた。

「そこまでです。神山隆二」
 かけられた声に、振り返ることもなく返事をする。
「ああ、嬢ちゃんか。っていうことは何か? これも、あんた達のところのものか?」
「……ええ、そうです」
 嬢ちゃん、は長い黒髪を揺らして一つ頷く。
「ご迷惑をおかけしました。あとは私たちが」
 ゆっくりと、隆二を押し留めるかのように手を伸ばす、彼が最も嫌悪する研究所の人間を一瞥する。
 相変わらずの長い黒髪を結わえることなく、相変わらずの無表情さで彼女はそこにいた。
 何かをいいかけ、結局やめて素直に人形を彼女へ譲り渡す。
「人に迷惑をかけるな、馬鹿が」
「すみませんでした」
 彼の罵倒に動じることなく、彼女は頭を下げる。
 それから、例の壷を持上げる。
「茜さ……」
「お前らがその名前を呼ぶな」
 切りつけるような冷たい声で言われて、今度は少し驚いて彼女は隆二を一瞥し、けれども何も言わないで先を続ける。
「彼女のことですが、大丈夫です。この壷さえ壊せば、全て元に戻りますから」
 そういって、持っていたものを地面に叩きつける。
 ばりんっ
 音がして、壷が割れる。
 虚空に目をやり、糸も存在しないことを確認する。
「そうか」
 少し息を吐いた。
「……なぁ、もし次にこんなことがあったら」
 そう言って、
「お前らが死ね」
 今度は彼女の胸倉をつかみ、先ほどと同じように木に押し付けて、低く押し殺した声で言った。
 いつも無表情な彼女の顔に、恐怖が走るのを見て、暗い喜びを自分の中に見出す。本当に茜には見せられないなと、その心のどこかで自嘲気味に笑い、手を離す。
 すとん、と彼女が地面に座り込んだ。
 そのまま背を向けて、先ほどと同じようにして家へと急いだ。

 *

「どこいってたんだ、隆二」
「どこにいってたのよ、隆二」
 家に戻ると、茜はすっかり起き上がっていて、先生と一緒に彼を非難した。隆二はその様子に、どこか拍子抜けしたものを感じて、同時に確かに安堵した。
「いや、別に。ちょっと私用」
 そういって茜へ笑いかける。少し、自分が本当に笑えているのか心配になった。
「先生も悪かったな」
「……説明はなしか?」
「ああ、私用だからな」
「そうか、私用か」
 どこまでわかっているのかわからないが、この好々爺は一つ頷く。時々、この人は全てを理解しているのではないかと思うときがある。
「まぁ、いいさ。じゃぁ、茜。あまり無理はするなよ」
 そういって先生は立ち去った。その後姿を見送り、隆二は一つ息を吐いた。あの人に何度助けられたかわからない。
「……隆二?」
 訝しげな茜の声に、慌てて彼女のほうを向き微笑む。
「大丈夫か?」
「え、うん。もうくらくらしないし。平気」
「それならいいんだ」
 そういってもう一度笑う。
 茜はそんな彼を見て、
「ねぇ、」
 隆二の頬に両手を添えて、首をかしげた。
「隆二の方こそ大丈夫? 何かあった?」
「っ」
 咄嗟に、彼女の手を振り払い、距離をおく。
 茜の驚いた顔をみて、自分が何をしたのか悟る。
「あ、いや……悪い。大丈夫だから」
 自分の手が汚れている気がして、彼女に触れるのがためらわれた。
「……隆二はいつもそうね」
「何が」
「いつだって大丈夫だって言って、私に本音を見せてくれないのね」
 決して責めるわけではなく、淡々と事実だけを述べる彼女に、どんな言葉を返せばいいのか迷う。
「それは……」
「でも、いいよ。ここに居てくれるならば、今は、それだけでも」
 そういって微笑む。
 その笑みを直視することが出来なくて、
「お茶でもいれてくる」
 その場を立つ。
 茜があきれたように笑ったのを感じた。

 *

 あの人形は、自分の主人が死んだことを悲しみ、主人を生き返らせるために人の精気を集めていた。
「……困ったな」
 湯を沸かしながら、自嘲気味に嗤う。
 もしも、茜が死んだならば……。
 他の誰が死んでも自分は何も感じないだろう。例え先生であっても、ただ、惜しい人を亡くしたと悼むだけだろう。
 でも、もしも、茜が死んだならば……、
「俺は、同じことをしかねない」
 彼女が望まなくても。ただ、自分の心を満足させるためだけに。
 壁を思いっきり叩きつける。
 ああ、やっぱり自分は、彼女のそばに居るべきではない。
 改めてそう思った。
 何故ならば、自分は化け物だから。
 だから、
「……ごめん、茜」

『ここに居てくれるならば、今は、それだけでも』
「たったそれだけのお願いも、果たせないかもしれない」

 人間に戻りたいと、切に願った。叶わないのは、知っているけれども。

『人形なら人形らしくしてろ』

「化け物は、どんなにあがいても化け物なんだよ」
    23:22 | Top

地獄の沙汰も金次第


 この世の中で何が一番大事かといわれたら彼は迷わずにこう答えるだろう。
「甘いもの!」
 そして、それを突き詰めていくならばそれを購入するための資金だと。

 そんなわけで、神坂英輔は今日も資金集めに励んでいた。かつて、彼らを人間から人ならざるものに変えた研究所の下で。
 もっとも彼は、彼らに服従した気なんて毛頭なく、ただその仕事が一番効率よくお金が稼げるというだけだが。
 彼の仲間の一人は、研究所のことを思いっきり軽蔑していたが、英輔はそこまで軽蔑しているわけじゃない。
「だって、こうなっちゃったもんはしょうがないし、それに自分達に手を加えた人間は生きてないわけだし、そして、」
 英輔はにっこりと無邪気な笑みを浮かべて言うのだ。
「こうやって長生きできる方が好きなものを食べ放題ってわけじゃん?」

「神坂さんは、私たちのことをどう思っていらっしゃるのですか?」
 仕事が終わった後、近くを通った知り合いの女の子を強引に連れて入った喫茶店で、その女の子はそう尋ねて来た。
「何? ぶっちゃけていいの?」
「はい」
 英輔は値段も大きさもビッグなパフェにぐさぐさスプーンをつきたてながら答えた。
「いい金づる」
「……。」
 女の子はなんともいえない顔をした。
「それ以外には何も。隆二のやつとかはさ、過去のしがらみにまだしがみついてるけど、俺は別にそんな。あいつは好きな人間の女とか作っちゃうから自分が死ねないことを悔やんでいるみたいだけど、俺はそんな馬鹿な真似しないし、もし仮に俺が死にたくなるとしたらその時は」
 スプーンに沢山の生クリームをのせて、それを見ながら言った。
「甘いものがなくなるときかも」
 やっぱり女の子はなんともいえない顔をした。
「エミリちゃんはどう思っているわけ? 俺らのこと」
「え」
 話をふると女の子は首をかしげた。
 それから持っている紅茶のカップに目を落とし、
「申し訳ないことをしたなぁ、と」
「いや、だから全然別に申し訳なくないって」
 英輔がそういうと、女の子は顔をあげて真顔で言い切った。
「神坂さんに対してはあんまりそう思っていませんから、ご心配なく」
「あ、そう?」
「主に神山さんに対してですので。あの人は、本当に怖い」
 女の子のその台詞に英輔は頷いた。
「あいつ、切れるとやばいもんね。特に女絡みで」
「ある意味神坂さんも怖いんですが」
「え、なんで」
 露骨に傷ついた顔をしてみせる。
「甘いもののためならばなんでもするから、ですよ。私がこんなこと言える立場じゃないとは思うんですが、そういうの時々少し怖いです。神山さんはまだ理屈でどうにかなりますけど、神坂さんはだって……」
「スィーツが一番!」
「……ですから。そこに理屈なんて存在しない」
 そこで初めて女の子は笑った。
「うん、でもね、エミリちゃん」
 すっかり空になったパフェを見ながら英輔は言った。
「お金があるのに越したことはないって。地獄の沙汰も金次第だし、お金さえあれば地獄のスィーツも食べれるかも」
    23:22 | Top

短冊作って祈っておけ

『ねぇ、どうして織姫と彦星は自分達で動こうとしないの?』
「……はぁ?」
 突然、真面目な顔をして居候猫が呟いた言葉に隆二は眉をひそめた。
「なんだって?」
『だからぁっ!』
 自分の意志が上手く伝わらないことが悔しいのか、ぷぅっとほっぺたを膨らませながらマオが怒鳴るようにして言う。
『織姫と彦星っ! わかる!?』
「……ああ、仕事さぼって恋愛に現を抜かしているから、ちったは仕事をしろこのあほんだらって引き離されて間には深い川があって渡れないけど、一年に一度七夕の夜にだけは会えるっていうあれだろ? いっつも思うんだが、久しぶりの逢い引きに夢中な連中に、なんで願い事するんだ? 叶えてくれるわけ無いのになぁ」
『そう、それっ! なんか違う気がするけど』
「で、それがどうした?」
『だからぁ、どうして織姫と彦星は自分で動こうとしないの? 一年に一度だけで満足するの? 本当にお互いのことが好きならば、努力すればいいじゃない。何にもしないで一年を待つのはなんで?』
 一気に言い切られた。頬を紅潮させていうマオに、隆二は正直当方にくれる。そんなこと、知ったこっちゃない。
「星の寿命は長い。俺たちの1年と、人間の1年が違うように、星の1年も違うんだろうよ」
『違う』
 とりあえず妥協案を提出してみても、マオはすぐに首を横に振る。
『確かに星の寿命が無くても、それは永遠じゃないし、あたしは……、嫌だもの』
「何が?」
 マオは睨むようにして隆二を見ると、
『1日でも隆二がいないのとか、そういうの嫌だもん』
 不覚にも、ちょっと驚いた。
 そういう意味ではないのはよくわかっているし、自分自身もマオがいないとつまらないだろうなぁとは思うのだが、改めてそうやって言葉にされるとは思っていなかった。
「……そうか、そうだよな」
 曖昧に頷く。何がそうだよな、だ。とは自分でも思うけど。
「一つだけ確かなことは、だな」
 頬を紅潮させて、ふくらませて、睨むようにこちらを見てくるマオに、出来る限りの笑顔を向けて
「自分が出来るからって他人も出来ると思ったら大間違いだってことだ。世の中の人間、全てが、川をわたれるわけじゃない」
『……でも、それはいいわけだわ。本当に行いたいのだったらば、どうにかなるはずよ』
「……かもな、だけど、彼らにはもう、そうするだけの理由が無いんだ。……やっぱり、お互いのこと、今はそんなにつよく思っていないんだよ」
 そういってふっと嗤う。
 マオがあからさまに悲しそうな顔をした。
『寂しいね』
「時の流れって言うのはそういものさ」
『……』
 マオが顔をあげ、何かをいいたげにこちらをみる。
 そして、
『隆二も、……心変わりしたの?』
 ぼそりと呟く。
 それが何をさしているのか瞬時に思い当たり、天井を睨んで嘆息した。どうしてすぐにそちらに話を持っていくのか。
「さぁな。昔とまったく同じっていうわけじゃないさ」
『ふーん』
 相変わらず悲しそうな顔で呟く。
『じゃぁ、……いいや、なんでもない』
「……言っておくが、必ずしも悪い意味で変わったわけじゃないからな。説明しづらいけど、茜のことを……、大切に思っていないわけじゃなくてな、でも、まぁ色々と。っていうか、お前も放り出したりしないからそう言う顔するな」
 そういって、居候猫の顔を強引に笑みの形にする。慌てたマオが、離れようとして転んだのに笑う。
『……』
 転んだまま、床の上でこちらを見てくる。
 まだなんかあるのか。
「なんだよ」
『……ありがとう』
 ぼそりとつぶやいた。
 そのまま、また顔を赤くして、するりと床の下に潜ってしまう。あきれて笑い、先ほどどおり残った珈琲を飲もうとして、
『隆二』
 床から首だけを生やした状態で、マオが言った。
『あの二人が、お互いのことをまた好きになるのにはどうしたらいいのかなぁ?』
 そんな事知るか。
 脳内にそんな言葉が浮かんだが、なんだか信頼しきった目でこちらを見てくる居候猫にそんなことは言えず、だからといって解決案が出てくるわけが、無論なく
 結局、
 そんなもの、
「短冊作って祈っておけ」
    23:21 | Top

春の日に、散歩を

 ピーンポーン
 春のうららかな日差しの中、珍しく神山家のチャイムがなった。
「マオ〜。誰が来たか見てくれないか?」
 隆二は新聞から目をそらさずにそういう。
 返事はない。
「マオ?」
 顔を上げると、居候猫は日なたで眠っている。これじゃぁ本当に猫だなぁと少し苦笑しながら、諦めて玄関へ向かった。

 神山隆二を訪ねる人間など少ししかいない。新聞の集金とか何かの勧誘とかそういった者を除けば、考えられるのは二人。今、隆二の目の前に座ってふてぶてしくもインスタントコーヒーのまずさについて騙っているこのエミリか、その父親の和広。
 後者だったらどんなに良かっただろうと、ぼんやりと思いながら隆二はエミリの話しを聞き流す。別にインスタントでまずかろうがおいしかろうが、彼にとっては問題ではない。というか、せっかくだしてやったのにその云い草はないだろう。
「で、何しに来たんだよ?」
 話がとぎれたのを見計らい、そういうとエミリは今更思い出したかのように持っていた紙袋を差し出した。
「お土産を渡しに来たんです。先日まで、京都にいまして。生八つ橋です」
「それはそれはご丁寧に。賄賂か? 毒入りか?」
「お世話になっている方にお土産を渡す文化がいくら日本で廃れてきているからと云って、その云い草はひどいのではありませんか?」
 のほほんとした空気の中で交わされる殺伐とした会話。それにつっこむ人間など、この場には誰もいない。
 二人の乾いた笑いだけが響く。
 その笑い声に、微睡んでいたマオが小さく身じろぎする。
 慌てて隆二は笑いをひっこめ、それにつられてエミリも黙る。
『……隆二〜?』
 まだ半分寝たような声で言うと、マオが上半身を起こす。
「起こしたか?」
『ううん、自分で起きた。あ、エミリさん、こんにちは〜』
 そのまま起きあがるとマオはふわふわと隆二の隣に向かう。
「こんにちは。お邪魔しています」
 エミリが頭を下げる。
「まぁいい、ありがたく受けとろうとしよう」
 マオが隣に座ったのを横目で見ながら、隆二が紙袋を受け取る。
『なぁに、それ?』
「嬢ちゃんからのお土産。生八つ橋だそうだ」
『?』
「ああ、知らないのか。お菓子でな……」
 そこまで説明しかけて、しばらく悩んだあとエミリに開けてもいいか問う。エミリはどうぞ、と微笑んで答えた。
「百聞は一見に如かずってな。こんなんだ」
『……おいしいの?』
「嫌いじゃない」
『じゃぁ、とてもおいしいのね』
 隆二の嫌いじゃないが、好きの意だと知っているマオが言う。
 ただ、その声がひどく冷たい気がして、隆二はマオに視線を合わせる。
「どうした?」
『別に。それじゃぁ、エミリさんと隆二でその生八つ橋でお茶会でもしたら? どれだけおいしいかしらないけどね』
「……マオ?」
『どうせ、あたしは食べられないんだし』
 不服そうにそう言うと、ふんっと隣の部屋へ行ってしまう。その態度に少なからず隆二は驚いた。
 我が儘をいうことは多いが、こんな風にどうにもならないとわかっていることで我が儘を言うことは、普段のマオはしない。
「マオ?」
 訝しげに問いかけても、マオは返事をせずにベッドの上でふて寝を決め込む。
「……。」
 途方に暮れたように隆二はマオとテーブルの上の生八つ橋とを見比べる。
 助けを求めようとエミリを見ると、エミリは先ほどあれだけまずいと言っていたインスタントのコーヒーを澄まし顔で飲んでいる。
 しばらく考えて、立ち上がるとベッドの横に立ってマオの顔をのぞき込む。
 マオはふいっと顔を隠してしまう。
「マオ。……どうしたんだ?」
 答えない。
「マオちゃん?」
 答えない。
 どうしたものかと考えて、結局テーブルの前に戻るとどういうわけか生八つ橋を食べているエミリに話しかける。
「悪いが、せっかくのお土産は受け取れない。気持ちだけ受け取っておくよ、悪いな」
「……いいえ」
 エミリは残ったコーヒーを飲み干すと、隆二が紙袋に入れ直したお土産を受け取る。
「次からは絵はがきか何かにしますね。そうしたら、マオさんも楽しめるでしょうし」
「悪いな」
「いいえ。配慮が足りませんでした。マオさんも、ごめんなさい」
 そういって片目だけでこちらの様子を窺っているマオに言う。
 マオは再び顔を枕に埋めた。
「それでは、コーヒーごちそうさまでした」
「散々言ったくせに飲むんだな、全部」
 隆二の言った皮肉に、エミリは驚いたように眉を上げて、それから微笑む。
「ええ。お気持ちがおいしいのですよ」

「それじゃぁ、おじゃましました」
 靴をはきおえると、エミリは頭を下げる。
「ああ。……本当悪かったな」
「そんなに謝る事じゃありませんよ。……私も悪かったですし。せめて、違う日に持ってくればまた違った結果になったでしょうにね」
「え?」
 エミリの言葉の真意を掴みかねて、隆二が眉をひそめると、エミリはあら気づいていなかったんですか? とこちらも眉をひそめる。
「今日は3月14日。ホワイトディですよ?」
「……いや、それは関係ないだろ? 俺とマオと嬢ちゃんで、だぞ?」
「本当、神山さんは乙女心というものが分かっていませんね」
 やれやれと、エミリは首を振る。
「例えその行事が関係ないと思っていても、ただのお土産だと分かっていても、不愉快なのが乙女心なんですよ」
 腰に手を当ててエミリが言う。
「……まさか、嬢ちゃんに乙女心を語られるとは思わなかったよ」
 苦笑混じりにそういうと、エミリはため息を一つついた。
「だから、わかっていないんですよ」
 そしてそれだけいうと、再び頭を下げて出ていった。

「乙女心なのか?」
 ベッドの端に腰掛けて、相変わらず顔を埋めてるマオに問いかける。答えはない。
「……なぁ、今日はとっても天気がいいぞ」
 頭をくしゃくしゃと撫でながら続ける。
「暖かいぞ、きっと。最近、心なしか野良猫を見ることが多くなったよな。……煮干しでも持って散歩に行こうか」
 答えない。
「……マオ?」
『……』
「え?」
 マオが小さい声で何か呟いた。聞き返し、耳を近づける。
 ぶずっとした顔でマオがもう一度呟く。
『おんぶ』
 小さい子どものような言い方に、少しだけ微笑むと
「ああ。掴まっていていいから」
 そう言うと立ち上がり、右手を差し出す。
「行こう」
 マオはしばらく黙ってその手を見たまま、ぶすっとしたまま手を握った。
 その手を自分の肩にかけさせる。マオは素直に掴まった。あごを隆二の肩の上に置く。
 隆二はもう一度その頭を撫でると、鍵と財布だけを無造作にポケットにつっこんで、外へと歩き出した。
    23:20 | Top

夜にまつわる10の話

お題提供サイト様「類人植物園(仮)出張所あらやだ長いタイトル」/リンク切れ


01:月
『今日の月は、赤いのね』
 マオは、毎晩毎晩、飽きることなく窓際で月を見ている。そして、今日は外を見てそう呟いた。
「……。本当だ」
 読んでいた本から顔を上げて頷く。
『怖いわね。血の色みたい』
 その発想が怖いとちらりと想ったけれども、特に何も言葉を返さない。マオも今更返事がないのを気にしたりしない。
『月の裏側って傷だらけなんでしょう?』
 うちの居候猫は時々妙なことを知っている。
「ああ」
『……そっくりだね』
 顔だけでこちらを向く。
「何が?」
『隆二が』
 その解答が不愉快で眉根を寄せる。
『そっくりだよ』
 マオはもう一度そう言うと、柔らかく微笑んだ。

 結局何も言えなくて、俺は再び本と向き直る。マオも気にせず、飽きもせず月を眺める。

只今の時刻、25:30。
    23:19 | Top

捨て猫と居候猫

『ねぇ、隆二〜』
 いつも通り、マオの言葉を適当に聞き流しながら路地を歩く。

 にゃ〜
 かすかに聞こえた音に目を細める。けれども、気づかない振りをして歩き続ける俺を、
『隆二』
 マオの声が引きとめる。
「なんだよ?」
 振り返った俺の目に映ったのはある程度予想していた状況だった。


——うちの居候猫は捨て猫に一目惚れした。


 路地であった猫を見つめ合っていたマオは、顔をあげると笑みを浮かべて言った。
『飼いたいっ!』
「誰が世話するんだよ」
 俺の至極冷静な質問にマオはにっこり微笑んでいった。
『隆二に決まってるじゃない』
「却下」
 この悪魔の笑みに騙されてはいけない。
「大体、猫なんて飼うもんじゃ……」
 言いかけて、頬に当たる視線に気づく。
 恐る恐るそちらをみると、二対の緑色の目が俺を見ていた。
 ……負けるな俺、がんばれ俺。そう、こんな悪魔のようなマオに負けるんじゃない。負けるんじゃ……。


 結局、負けてしまった。


 捨て猫の入っていた段ボールを抱えて歩きながらため息をつく。
 でも、まぁ……
『おまえ、良かったねぇ』
 そういって段ボールの中の猫を見ているマオを見て苦笑する。
『ねぇ、この子、オス? メス?』
「知るかよ」
 まぁ、これでもいいのかもしれない。

 猫はマオの姿が見えているようだった。
「にゃ〜」
 そう鳴いて、マオの後をついてまわる。俺はコーヒーを飲みながらそれを眺める。
「みゃ〜」
 猫はマオの足にじゃれついた。
 そして、
 マオを通り抜けた。

「みゃ?」
 不思議そうにマオを見る猫に、マオは引きつった笑みを浮かべ言った。
『ごめんね』
 触れられないことはどうしようもない。
 例えば、自分で餌をやることも、撫でてやることも、捕まることも捕まえることもない追いかけっこ以外の遊びをすることもできない。
 それは最初からわかっていたはずだ、俺もマオも。
 ただ、夜中、窓によりかかるようにして座っているマオ。
 その隣ですやすや寝る猫。
 マオは猫をじっとみていたかと思うと、恐る恐る手を伸ばした。
 その手は、
 その手は、猫の中にのめりこんだ。
 マオは両手を月の光にかざすようにして見る。
 そのまま、立てた膝に顔を埋めた。

 俺にはどうすることも出来ない。
 黙ってその場を去った。

 触れることが出来ない。
 それは最初からわかっていたはずだ、俺もマオも。
 ただ、納得できるかどうかは別として。

 もっとも、それ以外の問題は特になかった。
 マオと猫はいつもの通りマンションの裏の小さな路地で追いかけっこをしていた。俺は窓枠に腰をかけて、それを見ていた。

 多分、気づいたのは俺が一番最初だったと思う。
 そして、あの時もっとも無力だったのも俺だったと思う。
 真っ赤な車が、狭い路地を猛スピードで走ってきた。

 マオは丁度その車の進行方向をよぎったところで、当然猫もその後をついてきた。
『来ちゃダメっ!!』
 マオが叫び、猫を押し戻そうと手を伸ばす。

 その手は空しく宙をきった。

 俺は空を見上げた。
 神がいるかどうかは知らないが、もしいるならばこれは酷い仕打ちだろ。
「くそったれ」

 そして、ブレーキ音が響いた。



 雨が降りだした。
 地面に座り込み、目の前に猫だったものをおいたマオの背後に立つ。
 そして、呟いた。
「だから、猫なんて飼うなっていっただろ」 
 マオは空を仰ぎながら問いかけてくる。
『隆二は、こうなることをわかっていたの?』
「……ただ、俺やおまえより、遙かに早く死ぬことだけはわかっていた」
 そこで一回言葉を切る。
 正義の味方も向かないが、完璧な悪役にもなりきれない。そんな中途半端な自分に思わず舌打ちをする。
「マオ、これからも存在していくつもりなら、覚えておけ。どんな生き物も、俺達より早くいなくなる。これからはそれの繰り返しだ。俺達の永遠が続く限り」
 嘆息。
「ともかく」
 着ていた上着を脱ぎかける。
「墓でも……」
『隆二は』
 そんな俺の言葉を遮り、マオが言った。
『隆二も、こんな気持ちになったことがあるの? 誰かを送ってきたの?』
「……さあ」
 空を見る。
 雨が顔にあたるが、不愉快ではなかった。

 一人の女性の姿が目に浮かぶ。

「……さあ」
 俺は空を見たまま答えた。
「あまりに大昔のことで忘れちまったな」

 俺は上着を脱ぐと、それを猫だったものにかぶせ、抱え上げた。
「行くぞ」
 マオに視線は合わせない。あわせたら余計なことを言ってしまいそうだったから。
「公園に墓でも作ってやろう」
『隆二っ!!』
 歩きかけた俺を、マオが呼び止めた。

『あたしは、あたしはいなくなったりしないからっ!!』
 叫ぶようにマオが言う。
 マオが俺に何を思い、そう言ったのかはわからない。ただ、
『隆二の隣からいなくなったりしないから。だからっ!!』
 ただ、俺は
『だから、隆二もあたしの隣からいなくなったりしないでっ!!』
 ただ、俺は、

 敵わないと思っただけで。
 振り返る。
 口元には笑みが浮かんでいた、と思う。
 なぜならマオは俺の顔を見て、それからその後に俺がいった言葉を聞いて、泣きそうな顔で、それでも微笑んだからだ。
「ああ……」

 公園の片隅には木で出来た小さな墓がある。
    23:15 | Top

War

「署名お願いします!」
 街角で聞こえた、その悲痛なんだかイマイチよくわからない声に俺は思わず足を止めた。
『どしたの? 隆二?』
 マオが言う。
「いや、基本的に俺は署名だとか募金だとかそういう慈善事業は嫌いなんだ」
 マオにだけ聞こえるように、そして多少げんなりして俺は答える。
『ああ、そんな感じ』
 マオが笑う。どんな感じだ。俺は喉まででかかった言葉を飲み込んで、歩みを再開する。

「署名、お願いします」

 歩み始めた俺の前に、一人の女が割り込んできた。ぶつかる寸前で歩みをとめる。
「はい?」
 俺は眉をひそめる。最近では、署名の押しつけもやるのか?
 女は俺の不思議そうな顔を見て、ふふっと笑った。それは親しい人にする笑みだった。
 人違いではないかと俺が言うよりも早く、
「神山君、久しぶり。覚えてないかな? 前、パン屋で一緒にバイトしてた信条なんだけど」
「あ〜、はいはい」
 覚えてないけれども適当に返事をする。
「神山君、私のこと忘れてたね」
「いや、そんなことはない」
 忘れようにも覚えていなかったわけだし。
 女はまあいいかと笑うと、バインダーを差し出して言った。
「戦争反対についての署名をお願いします」
「嫌です」
 俺はそういうと歩みを再開する。
「何で!?」
 女は追いかけてきた。おいおい、最近の若いもんは。
『隆二、今ひどく年寄りじみたこと考えたでしょ?』
 マオの言葉を無視し——図星だったわけだし——俺はひたすら歩く。
「ちょっと、神山君!」
「まだ、何か?」
「署名、なんでしてくれないのよ」
 俺はため息をつき、世間知らずのお嬢ちゃんに現実はいかに厳しいか説いてやることにした。
「そんな無理矢理集めた署名なんかで、つきつめていうならばそんな紙切れ一枚で戦争がなくなるなんてそんな夢物語みたいなことを考えているならば、現実を見据えて真面目に生きた方がいいと思うぞ」
 けれども、俺のせっかくの忠告なんて聞かず、女は言う。
「神山君は、戦争の恐ろしさがわかっていなのよ!」
 視線がこちらに集まる。白昼堂々、往来のど真ん中で戦争について語る女とそれを聞く男。世間の目にはどうやってうつるんだろうか?
「いや、わかってると思うぞ。少なくとも、あんたよりは」
「貴方は、今日もどこかで人が亡くなっているのを、戦争で誰かが傷つくのを哀しいとは思わないの!?」
「そんな感情を俺に期待してもらっては困る。どこの誰ともわからんやつが死のうと傷つこうと俺の知ったこっちゃない」
 女が口を開く前に、続ける。
「あんたは知らない人の不幸に泣けるような素晴らしい人間かもしれない。だからと言って他人にまでその生き方を強制するな。
 いいか、俺の考えはこうだ。それはただの自己満足なんだ、綺麗事なんだ、ただの施しにしかすぎないんだよ。大体こんな平和な国で平和そうに署名お願いしますなんて言ってる時点で、危機感とか零だな、零。あんた、戦争に巻き込まれた人を哀れだとか可哀相だとか思ってるんだろ」
『隆二、それ意味一緒』
 横やりを入れてきたマオの頭をそれとなくはたき、俺は続ける。
「それはそいつらを下に見ているからだ。もし、あんたが本当の意味でそいつらのことを思っているならばそんなことは思わない。そいつらが望んでいるのは、そんな他人事みたいな可哀相なんていう感情じゃない。事実、あの状況で一番必要なのは物資だ。遠い土地で戦争反対!なんてやっていても、そいつらの生活が良くなる訳じゃない。それならば、生活が多少なりともよくなる物資を送ってやるのが筋ってもんだろうが。くだらない、紙切れじゃなくてな」
 俺はそういうと、それじゃぁと片手をあげて歩き出した。

「このひとでなしっ!」

 女が叫ぶ。
『あ、またひとでなしって言われてる〜。いや〜、本当、隆二って筋金入りのひとでなしよね。ひとでないわけなんだし』
 マオが何やら言うのを無視し、それから女に言う。
「ああ、俺はひとでなしだ。なんか文句あるか?」
「あ、貴方は! 自分が彼らの立場だったらどうしようとか思わないの!? 大切な人が、戦争でいなくなったらどうしようと思わないの!?」
 それはなかなか難しい質問で。
「俺は馬鹿騒ぎで死ぬほどやわじゃない。それから」
 俺は隣のマオを見る。
「それから、少なくとも今俺の周りにいるやつで死んだら俺が間違いなく悲しむようなやつは、戦争なんかで死なないだろうな」
『なに、あたしのこと? そりゃ、幽霊だもんね』
 マオはそういい、でもね、と続ける。
『幽霊でもお腹が空いたら死んじゃうのよ。というわけでお腹が空いたわ、隆二』
 俺はマオに目で少し待ってろと伝えると——伝わったかどうかは、俺の知ったこっちゃない——、女を見る。
 女は何か言いたそうに口を開け閉めしている。
 俺は努めて親しみがこもった口調で言った。
「どうやらお互い、誤解しているところがあるみたいだな」
 俺は大げさに両手を広げ、女に言う。
「そのことについて、俺達は議論すべき必要性があると思うんだが、どうだ?」
「そうね」
 女は頷いた。その目には“そうよ、話せばきっと神山君もわかってくれるわ!”なんて希望に満ちあふれている。
「しかし、ここで立ち話というのも人目が気になってしょうがないし、そろそろ小腹もすいてきたし、どこか適当な喫茶店か何かに入らないか?」
 女は俺にちょっと待ってて、というと、同じようにバインダーを持ってうろうろしている連中のところに行った。俺は近くにあったポストに背中を預ける。
『隆二、あの人を狙うつもりなの?』
 ポストの上に腰掛けたマオが尋ねてくる。
「嫌か?」
 マオは首を横に振ると、言った。
『嫌なんてことないけど、ただ隆二らしくないなと思って。いつもはあたしがお腹すいたっていっても、しばらく我慢してろだのうるさいだの言うくせに』
 マオの言葉に自分の行動を思い返してみる。確かに、今回はマオが空腹を訴えてから行動が早い気がする。
「まぁ、いいだろ。チャンスはモノにするもんだ」
 俺がそう言うと、マオはふーんと呟いた。それっきりマオは何も言わず、足をぶらぶらさせながら女が戻ってくるのを待っていた。
 俺は特にすることもなく、空を見ていた。

「神山君」
 声の方に顔を向ける。
「行っていいって。少しでも仲間は多い方がいいって」
 そうかい、とだけ俺は呟きポストから体を離す。
「その路地を」
 俺は狭い路地を指した。
「その路地を抜けたところに、顔なじみの喫茶店があるんだが、そこでいいか?」
 もちろん、大嘘だ。俺がそんなところをつくるわけがない。
 女はちっとも疑わず、頷いた。
 こういう人に対する無条件の信頼というか警戒心のなさが、近年の凶悪犯罪とやらをたやすく引き起こす原因なのではないかと、どうでもいいことを思った。

 路地には誰もいない。
 それを確認すると、先を歩いていた女の首筋にわずかだけれども“力”をあてる。くた、と倒れかけた女を支えて、後ろにいたマオを目で促す。
『本当、今回はやることはやいのね』
「戯言はいいからさっさとしろ。殺すなよ」
『はいはい、いただきます』
 マオはいつもと同じようにわずかに眉をひそめてから、ご馳走にとりかかる。
 俺は先ほどと同じように空を仰いだ。建物と建物の間からみる空は、非常に狭かった。いつからこうなったんだろうかと、とりとめもなく考える。
『隆二』
 マオが声をかけてくる。
「いいのか?」
『うん、ごちそうさま』
 意味もなくマオの頭を撫でてから、女を起こす。
「おい、大丈夫か?」
 女は体を起こし、あれ? と呟く。
「急に倒れたから心配したぞ。疲れてるんじゃないのか?」
 女は精気に欠けた——比喩でも何でもなく、事実として——顔で俺を見た後、そうかも、と小さく呟いた。
「話し合いは今度にした方がよさそうだな。帰って休んだ方がいい」
 白々しく聞こえないように努力する。
 女は素直に立ち上がり、
「それじゃぁ、ごめんなさい。お言葉に甘えて」
「ああ」
 俺は女が立ち去るのを眺めて、ふと思った。こういう場合は、送っていこうかとか言うものなんだろうか?
「あ、神山君」
 女は振り返り、言った。
「私、大抵あの場所にいるから考えが変わったら来てね」
「あ〜、はいはい」
 俺の返事を聞くと、女は嬉しそうに笑って立ち去った。

 俺は再び、壁によりかかり空を見上げる。
『隆二、最後のあれはちょっと白々しかった』
「やっぱりそうか?」
『うん。もっと演技力を身につけた方がいいわよ』
「考えておく」
  マオは俺の隣で、同じように空を見た。
『何かおもしろいものでも見えたの?』
「別に」
『そう。……ねぇ、あの女の人はどうしてあんなことをしてるのかしらね。自分に関係ない事なんて放っておけばいいのに』
 マオはそういい、
『あたしにはわからない』
 と締めくくった。
「俺にもわからねぇよ」
『そっか』
 マオはそれだけいうと、俺の正面にまわりこんだ。
『ともかく、ここから立ち去りましょ。またぶらぶらするんでも、帰るんでもいいし』
「そうだな」
 俺も壁から体を離し、歩き始める。
 俺の横を飛んでいるマオに向かって、俺は言った。
「ともあれ、今回のことで一つだけはっきりしたことがある」
『何?』
「もう二度と、あの道は通れない」
 マオは俺の顔をしげしげと眺めてから、ふふっと笑った。
『そうね、でもいいじゃない。他にも道はあるんだから』
    23:15 | Top

名前〜Please call my name〜

 あたしには、名前がなかった。

 名前がないということは、ひどくあやふやなこと。
 ひどく不安定なこと。
 形がないこと。
 消えてしまいそうなこと。

 あたしをつくったあの人間達は、あたしに名前をくれなかった。ずっと、あたしを“それ”とか“あれ”とかそれから“認識番号”で呼んでいた。
 彼に会ったとき、あたしは胸がどきどきした。怖かった。
 また、名前を貰えないかもしれないと不安で不安でしょうがなかった。

 彼は、腕を組んで悩んだ後言った。
「マオ。それでいいか?」

“マオ”
  その二つの音が紡がれるのを、あたしがどれだけ心待ちにしているか、彼は知らない。
 それこそ、猫のように耳を立てて待ちかまえているのを彼は知らない。

 彼がその低く耳に心地よく響く声で、あたしの名前を呼ぶのをあたしは心待ちにしている。
 呼ばれたその瞬間に反応することが出来るように、待ちかまえている。

「マオ、バイトに行くがどうする?」
『行く!!』

 なぜならそれは、あたしが初めて手に入れた名前だから。
 名前を呼ばれるたびに、あたしはここにいていいんだと確認できる。
 “マオ”
 例え、それが偽りの名前であったとしても、あたしにとっては本当の名前でしかない。
 例え、それが仮初めの名前であったとしても、あたしにとっては本物の名前でしかない。
 それ以外の何も知らないから。

 それになにより、
「マオ、バイトの邪魔はすんなよ」
 それになにより、彼がつけてくれた名前だから。
 彼が呼んでくれる名前だから。
 そう、彼だけが。

 だからあたしは、この名前が大好きなんだ。
    23:14 | Top

迷い仔猫の居候改稿前

ひとでなし頁からはリンクはずしたけど、こっちには残しておく。

改稿前その1

改稿前その2
    23:12 | Top

『赤いアネモネ』あとがき

とある漫画の冒頭が「私は生まれてから泣いたことはない」で、「そんなわけないじゃん、赤ん坊のときはどうしてたんだよ」というかなり頭の悪いつっこみをしたことがきっかけ(なお、その作品内では「赤ん坊のときのことは覚えてない」ってのちのち言ってました)
産声もあげてない→幽霊? みたいな話がこれ。

書き上げたのは数ヶ月前なのですが、今読み返すとなかなかにアネモネさん、中2病っぽいというか電波っていうか。


赤井アネモネは都立瀧沢高等学校の生徒、です。
ドラマに対して私同様頭の悪いつっこみをしている人のフルネームは榊原雅。
まあ、つまり、そういうことです。
(このクラスにどれだけ幽霊が居るのかと


ちなみにこの話、コバ短に出したはいいものの、完全に頁設定間違えて30枚よりかーなーりオーバーしてたものです。
道理で書いても書いても30枚いかないと思ったんだ(結果としてアネモネがかなりポエマーに

赤いアネモネ

追記でおまけの話。
    00:13 | Top
 
 
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